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2007年3月18日 (日)

卒業式の季節

あちらこちらで卒業式が行われる季節になった。

我々の卒業式は、「蛍の光」や「仰げば尊し」を歌って、今まで一緒に過ごした学校や友達や先生と別れる寂しさと、次のステップへの期待とが入り混じって、胸が詰まったあの頃を懐かしく思い出だす。

今でも「仰げば尊し」「蛍の光」を聞くと、特別な感慨に浸る。 ((下線部をクリックすると懐かしい曲が聴けます。曲を聴きながら声をだして歌うと胸が詰まってしまうのは私だけ・・?))

ところが最近の卒業式ではこれらの歌を歌わないらしい。

 仰げば尊し わが師の恩    互いに睦し 日ごろの恩
 教えの庭にも はや幾年    別るる後にも やよ忘るな
 思えばいととし この年月   身を立て名をあげやよ励めよ
 今こそ別れめ いざさらば   今こそ別れめ いざさらば

歌わなくなった理由は、”師を強制的に崇めさせている” ”競争社会を煽っている” ”歌詞が難しい”などらしい。
師を師と思わせぬような教育に問題があるのだろうし、競争社会は社会に出れば資本主義社会では当然感じるのだ。 歌詞が難しければその意味を教えるのが教育ではないか。   

「蛍の光」は元来は、愛国主義的な歌であり、特に3・4番の歌詞にそれが表現されていると聞く。
だから、一般的には、1・2番の歌詞しか歌われなかったらしい。
問題を含む歌ではあっても、我々が知る歌詞においては、卒業式でのお別れの歌としては、胸に迫る歌詞とメロディーである。

その時代、時代に合った歌で卒業する・・と言うのが本当のところだろうが、「君が代」や「日の丸」はなくても(あるに越したことはないが・・・)、「仰げば尊し」と「蛍の光」の歌で、卒業して欲しいと思うのは、年寄りの感傷に過ぎないのだろうか。

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コメント

昨日午後、車中のラジオでこの件を話していました。高田純次さんが出てまして、最近「仰げば尊し」が卒業式で歌われていないそうだけど、共演者の若い子に「じゃあ、何を歌ってるの?」と聞いてました。「翼を下さい、とか」そして「蛍の光は、知ってるけど”仰げば尊し”は知らない」とも。団塊世代の高田純次さん「へえ~、そうなの~?」と。
そう言われれば、一時テレビドラマでも「翼を下さい」が卒業式に歌われていましたね。今もでしょうか。
私の息子の時代までは、「蛍の・・と仰ば・・」の両方歌っていたような気がします。時代は変わって行きますネエ。

投稿: マーちゃん | 2007年3月18日 (日) 16時03分

先週は袴姿の女の子達を通勤途中によく見かけました。思わず自分の卒業式を思い出したりしちゃいましたっ。
で、卒業式で歌う曲ですが・・・自分の記憶が正しければ・・・ひめひめも「仰げば尊し」を歌ったことがありません。。。(歌えないわけではありませんよっ)では何を歌ったかというと「巣立ちの歌」です。これまたいい曲なんですよねー。

ちょっと本題とはそれますが・・・今の学生さん達って先生を尊敬しているんですかね~???
ひめひめは「我が師」と呼べる先生が2~3名います!今でもちゃんと連絡をとっています。自分の人生の中で、欠かせない存在です!そういう先生がいれば「仰げば尊し」を自然と歌いたくなりませんかねぇ~?!
先生自体の「質」(?)が昔に比べて下がっている・・・と思うのはひめひめだけでしょうか?(もちろん素晴らしい先生も沢山いらっしゃるとは思うのですが・・・。)

投稿: ひめひめ | 2007年3月18日 (日) 16時31分

***** マーちゃんへ *****
時代に沿った歌で卒業するのも悪くはないと思います。 「翼をください」も「送る言葉」もいいのですが、何か物足りないのは自分が時代についていけてないということでしょうか。
祖父母、父母、子供と共通して卒業式の感慨に浸ることができたのは、共通して「仰げば・・蛍の・・」を歌ってきたからだったような気がします。
いずれにしても、この時期になると「仰げば尊し」「蛍の光」が懐かしく感じてしまうのです。

投稿: スロー人 | 2007年3月18日 (日) 17時18分

***** ひめひめさんへ *****
「巣立ちの歌」ひめひめのコメントを見てはじめて知り、いまネットで聞きました。 歌詞も、曲も素晴らしくて胸が詰まる思いがしました。 ということは・・やはり「仰げば尊し」や「蛍の光」でなくても、その時代に合った卒業の歌がいいってことなんでしょうね。

ひめひめはいい指摘をしていますね。 実は僕も「仰げば尊し」を歌わなくなったのは、先生の方が、自分はそんなに尊敬されていないと自覚していて、歌うのを止めたんでは・・と感じていました。 ひめひめが今でも尊敬している先生がいるというのは、ひめひめがいかにいい生徒、学生だったかの証だと思います。 素直な気持ちで尊敬できる師を持てたことは素晴らしいことです。
僕は、この歳になっても教えを乞うた師はどの師も忘れてはいません。

投稿: スロー人 | 2007年3月18日 (日) 17時43分

スロー人氏の意外な一面を知りました。出会いから2週間ですべてが分かり、その後の40年の付き合いで新しい発見がひとつもなかった先輩がいたけど、スロー人さんは奥が深いね。
水を差すようなことを言いますが、あらためて歌詞を読んで、「仰げば尊し」は旧すぎると思いました。私も小・中学校を懐かしむ気持ちは十分ありますが、失礼ながら普通の神経ならば、多くの先生方のほうから、この歌を止めようとしたのではないでしょうか。
このオーバーな“ほめ殺し”のような表現はすべてに邪魔でしょう。元先生、現役先生のコメントを聞きたいですね。

「仰げば・・」の歌詞のように具象的で生々しいのは、一般に時代と共に消えてゆくものです。同じく消え行く軍歌の中にいいのがあるけど、「仰げば・・」は出来が良くないし惜しいとは思わない。作者の気持ちが詞になったのでなく、始に詞ありきの詩はしらけるね。
教育問題と関係ないけど、“具象”と“抽象”を考えるきっかけになりました。
「君が代」は、意味が一部で議論の対象になっても、表現がなまなましくないから歌うのに抵抗がない。「God Save the Queen」も祈りのようなもの、それだからいい。意図的な具象は下品になりやすい。
代表的な古典劇の“能”が生き残っているのは、抽象に徹した表現様式おかげです。抽象だから、旧いようにみえて過去の臭いが染み付いていない。仕舞」「謡」を稽古事として習う素人が何時の時代もいるのはそのためです。

投稿: ほめころし | 2007年3月21日 (水) 18時07分

***** ほめころしさんへ *****
コメントありがとうございました。
私の意外な一面・・・とは、私の普段をご存知の方? 「奥が深い・・」など、それこそ「ほめころし」なのでは・・・。
さて、「仰げば・・・」についての、深い洞察、特に具象・抽象にまで広げた考え方に感服いたします。
ただし、何が具象で何が抽象かについてはチョット考えを異にします。「仰げば・・」が具象的で「君が代」が抽象的だとは思いません。 私には思想的な意図は全くなく、君が代こそ具象的で直接的表現の歌詞に思えますが・・。
”能”や”謡”は確かにその表現の意味は深いと思われます。(あまり詳しくは判りませんが・・)
具象とか抽象とか言う以前に、ただ単純に、子供のころ、卒業式で胸を詰まらせて歌った「仰げば・・」や「蛍の光」を、遠く懐かしく思っただけのことであります。

投稿: スロー人 | 2007年3月21日 (水) 23時26分

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