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2008年1月30日 (水)

母(かあ)べえ を観た

映画、「母べえ」 を観た。

妻は前から「母べえ」を観たいと言っていたが、私はどうも気が進まなかった。
涙物にはやけに弱い自分を知っていたからだ。

Photo_2 前宣伝では、母べえはどうも涙腺を刺激する映画のようだったので気が進まず、「一人で観てきたら・・」と言ったら、「一人だったら行かない・・」と言う。
前から楽しみにしていたのに、可愛そうだと思って付き合うことにした。

映画は、ちょうど私が生まれた頃の、世界大戦前後の貧しい時代の庶民と、その時代の思想統一の厳しさを描いている。
自分が生まれ育ったと同じ時代背景であり、生活観も似通っていて、ストーリーの中に自分の姿を見る思いであった。

すごくいい映画だったけれど、観なければよかったかな・・・
それは、観終わって鏡を見たら、目が赤く充血していたから・・・

でも、やっぱり観てよかった。
観ていて辛くもあったが、時にはあの時代を振り返って、原点を思い起こすのも必要かなと思った。
今の若い人には、絶対に想像もつかないであろう、貧しい時代。
そして、貧しくとも心の温かだった時代である。

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2008年1月27日 (日)

餅つき大会&新年会

今日は自治会恒例の、「賀詞交換餅つき大会」が行われた。

Photo 近所の公園で行われるこの自治会行事は、すでに30年近く行われ、ほとんどの人が参加して盛大である。
臼2台で餅をついて、参加者に振舞われる。  餅以外には、お酒、甘酒、綿あめなどの他、豚汁も振舞われる。

Photo_2 例年、豚汁は、我々ゴルフ同好会が担当している。
大鍋に6鍋が炊きだされ、約300杯を振舞う。
この豚汁の味は、例年、美味しいと評判で人気である。
レシピは毎年受け継がれて、食材、調味料、煮方まできっちりと決められていて、毎年変わらぬ味を保っている。

餅つき大会は9時から準備がはじまり、午後一時頃まで続いた。

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餅つき大会の後は、これも恒例の、ゴルフ同好会(会員数は約50名)の「新年会」が近所のスナックを借り切って行われた。 今年は、2年毎に行われる「総会」も兼ねていた。

総会では、役員改選も行われ、私が会長を仰せつかることになった。
重鎮が大勢いる中、若輩の私であり固辞したが、押し付けられる形で決まってしまった。

このゴルフ同好会は、28年間、年2回のコンペを欠かさず続けてきた伝統ある会であり、住民間の親睦を図るという目的を背負っていて、責任の重さを痛感している。
思いついただけでも取り組まなければならない課題は多く、身が引き締まる思いである。  住地域のこんなに楽しい仲間のゴルフ同好会の灯を絶やすことなく、益々充実した会にしなければならないと思っている。

総会の後の新年会では、硬い話は抜きの、仲間同士の懇談やカラオケの楽しい会となった。

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2008年1月23日 (水)

初雪の油絵

今日、我が家の辺りには初雪が降った。

そして、以前描いた初雪の絵を描いた時のことを思い出した。
それは、数年前の暮れも押し詰まった日に降った初雪である。

  ↓ 公園の初雪 (F10号)
16 私は絵を描き始めて間もなくの頃だったが、雪景色の絵を描いてみたいと思っていた。
丁度タイミング良く初雪が降ったので、厚着して長靴で近所に取材に出かけた。
雪が降っていたので、スケッチは出来なかったがデジカメを持って、畑や、神社や、川べりを歩いた。

なかなか絵になるような景色が見つからず、気を落として我が家の前の公園まで帰って来て、公園を見たら何となく絵になりそうな景色に見えた。

帰宅して、印象が薄れないうちにと早速キャンバスに描き始め、数日後に完成したのがこの絵である。

今日の初雪はこの絵のようには積もらなかったが、公園はうっすらと一面が白く覆われた。

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今日はゴルフの予定であった。
昨夜の天気予報では雪だったが、それでも諦めきれず、朝早くに起きて外を眺めたら、降ってはいなかった。
しめしめと、ゴルフの仕度を始めたら、天気予報が東京で雪が降っていることを報じていた。  これはダメだ・・とやっと諦めて、メンバーやゴルフ場にキャンセルの電話をした。
間もなく、窓を見たら沢山の雪が降ってきた。

昨日も明日も晴れるのに、何で初打ちの今日だけ、雪が降るのかと恨めしく思った。
そして・・今日は予定を変更して、妻と映画を見に行ってきた。

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2008年1月22日 (火)

油絵 ”後立山連峰秋景”

正月の間に、油絵を一枚描いた。

   ↓後立山連峰秋景 (F10号)
Photo_9 昨年の11月中旬に、安曇野から見た北アルプスの山並みである。

左から、”爺ヶ岳”、”鹿島槍ヶ岳”、”五龍岳”である。
これらの山は、富山県側から見て表立山、長野県側から見て後立山連峰と言うそうだ。
表立山は猛々しい眺めだが、後立山は気品があって女性的な眺めである。

立ち並ぶ山々は冠雪して冬のはじめを感じさせるが、安曇野の平野は盛秋の風情だった。

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2008年1月19日 (土)

真冬の菜園

今夜、娘一家と息子夫婦が集まって夕食に来ると言うので、久しぶりに畑へ野菜の収穫に行ってきた。

    ↓今日の収獲
Photo_5 今日は、白菜、キャベツ、里芋、ブロッコリー、長ネギ、かぶ、春菊、ガーデンレタス、ほうれん草、サンチュー・・・の10種類の野菜を収獲した。
余った野菜は、お持ち帰りのおみやげにするように、少し多めに収獲した。

真冬の畑は寒々として凍てついていた。
そんな中、春キャベツや、えんどうは、トンネルの中でどんどん育っていた。

Photo_6 ←春キャベツ

確実にたくましく育っている。
少し暖かくなれば、ぐんと大きくなるはずだ。
三畝に24株を植えつけてある。

Photo_7 ←えんどう
こんなに寒いのに、トンネルの中ですくすく大きくなっている。
さやえんどうスナックエンドウを一畝づつ植えてある。

Photo_8 ←かぶ

トンネルで防寒対策をしていないのに、カブは大きくなった。
この時期にカブを育てたのは初めてだ。

これらの野菜以外にも、白菜、長ネギなどは、寒さに耐え、霜を受けて甘さを増してくる。
心配していた「にんにく」も大丈夫のようだ。

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2008年1月17日 (木)

阪神大震災の思い出

阪神大震災から、今日で13年になる。
1月17日になると、あの時のことをこの間のことのように思い出す。

あの日、会社に出勤してから、神戸に大地震があったことを知った。
TVで見る上空からの映像は、家屋は倒壊しあちこちで火事の煙がたっていて、大きな被害の状況を映し出していた。

間もなくして9時ごろ、私の部門で設計して納入した設備の復旧のために来て欲しいと現地から要請が入った。 
その設備は、神戸の芦屋にある某スーパーの配送センターに収めたもので、商品をコンピューターを使って配送先に自動仕分けする設備機械である。
そのセンターが大きな被害を受けて、納入した設備も停止しているということだった。
このセンターには支援物資が続々と到着してくるが、この設備が稼動できなければ、折角の支援物資品が被害者に配れない。

早速、機械、ソフトなどの担当者を伴って、私を含む4名で、神戸に向かった。
Photo 昼頃東京を出発し、新幹線、列車を乗り継ぎ、大阪からはレンタカーで神戸に入った。
大阪から神戸に向かう道路は混雑していて、途中には検問所もあって、普通の車は進めなかったが、事情を話して何とか通してもらった。。
Photo_2 道々暗闇に見える景色は、壊れた家や橋、中には車が倒壊した家の下敷きになっていたりした。 現地近くでは高速道路が倒壊していて通過するのにてこずった。
現地に到着したのは、真夜中だった。

センターの中は、地面に幅50cm、深さ2mほどの亀裂が縦横に走っていて、無残な様相だった。
我々は早速調査に入り、被害箇所を点検した。 幸いなことにこの亀裂は我々の設備にたいした影響はない位置であった。 復旧のための部品や作業員などを手配したが、これらが到着したのは翌日の夜になっていた。
センターは、我々に事務室一部屋を空けてくれ、床にダンボールを敷いて、その上に布団を敷いて寝るスペースを用意してくれた。
配送センターなので、寝具や水やレトルト食品は豊富にあって、好きなだけ使ってよいとのことだった。 時々、従業員のご家族が握り飯を差し入れてくださった。

作業員数名と復旧部品が到着してからは、寝ずの作業で何とか設備を復旧し、試運転で稼動を確認したのは到着してから2日半後の20日の朝だった。
客先の立会いで稼動状況をチェックし、設備は 早速実稼動に入った。
センターには急遽本社から復旧のためにお客様の役員が入っていて、我々の迅速な対応に驚きと感謝の言葉を頂いた。

Photo_3 私は一日正常な稼動状況の確認をして、翌21日に帰ることにしたが、電車は当然動かず、車も特別な車以外は通行できなかった。
そこで、荷物をザックに詰めて背負って徒歩で大阪まで歩いた。
来る時は夜の暗闇で見えなかったが、途中で見た沿道の景色は、悲惨だった。
Photo_4 特に高速道路の倒壊現場は、家が潰されたり、通行中であったろうトラックがひっくり返っていたり目を覆うものだった。
カメラでこの様子を撮りながら大阪に着いたが何時間かかったのか覚えていない。

その夜は、大阪支社の計らいで予約してくれていたホテルで、歯を磨き、シャワーを浴びて、その何と気持ち良かったことか・・は今でも覚えている。 

大震災の復旧に、陰ながらお役に立ててよかったと、今になって思う。

   <掲載の写真は、徒歩での帰路に私が撮ったものである>

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2008年1月15日 (火)

陶芸活動再開

今まで、陶芸を一年近く休んでいた。
決して陶芸から手を引いたわけではなく、今までは妻と一緒に、市のコミュニティーセンターの窯と部屋を借りてグループで作陶を楽しんでいたが、ここ一年ほど前から陶芸人口が増えたのか、グループ数も多くなったようで、中々予約が取れなくなった。

加えて、孫の小学校入試で、妻が下の孫の世話をしに週何度も行ったりで、予約が取れても出席できず、しばらく二人でお休みしていた。  入試騒ぎも一段落したのだが、、、
更に加えて、私は仲間内での作陶に限界を感じて壁に突き当たっていた。 もっと深く陶芸についての知識が知りたいと思っていた。

妻は、このグループでの作陶とは別に、教室に通って教えを受けていた。
そこで、私も今年から、妻が通っている「陶芸教室」の先生にお願いして、基礎から教えてもらうことにした。

先週、第一日目の教室に行って、久々に土に触れたら気持ちが良かった。
そして、今日は教室第2日目、納得のいく作陶が出来た気がした。
先生も親切に教えてくれ、これならとやる気も出てきた。

これからは、陶芸にも少し力を入れて、陶芸に関する記事のアップも多くしていきたいと思っている。

Photo_2    -・-・-・-・-・-・-
先週、先生に勧められて、妻と「日本クラフト展(丸ビル7Fホール)」に行ってきた。
教室の、オーナー先生は、この日本クラフト協会の会員になっていて、先生の作品も展示されていた。
陶芸以外にも、漆造形、木工芸、ガラス工芸などのクラフト作品が展示されていた。
私達は、主に「陶芸」を観たが、さすがに精鋭の作家の作品だけに、その技術は素晴らしく、とても参考になった。

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2008年1月11日 (金)

誕生日に思うこと

今日は私の64歳の誕生日である。

64歳ともなると特別祝う気持ちもないが、一つの一年の区切りということか・・・

20歳台の頃、私は38歳まで生きられるか、38歳を超えて生きられるかとびくびくしていた。
38歳は、私の父が亡くなった年齢である。
父は、私が3歳の時に当時不治の病と言われた結核を患って入院し、私が10歳の時に病院で死亡した。 38歳だった。

先日食事をしながら見ていたTVで、俳優の中井貴一が、父であり俳優だった佐田啓二のことを話していた。 彼は自分が一歳のときに交通事故で父を失ったそうだ。
彼が一歳の時のことなので父との想い出は全く覚えていないけれど、しかし、深く父の存在を意識して仕事をやってきたそうだ。
同じく俳優だった父に、今の自分を見ていて欲しい・・という気持ちがあって、映画祭の表彰式に出席する時には、父の遺品を身につけて出席すると話していた。
また、父の亡くなった年齢を自分に重ねて、自分がその歳を越えたときは感慨深かったそうだ。

これを見ていて、幼い頃に父を失った人は、皆同じようなことを考えて生きているんだ・・と思った。 私も、何かにつけ父を意識する。
私の場合は、父の入院で生活を別にしたのが3歳の時だったので、少しは父の思い出は残っている。 本当にあったことなのか、空想していたことを錯覚しているのか、あるいは母から聞いたことが自分の思い出として残っているのかは定かではない。
・・父が裏の竹やぶから竹を切ってきて、七輪に炭をおこして、釣竿にするために竹をまっすぐに矯正していたことや、時計を見て時間を言ったらたまたま合っていて、えらく父が喜んで母に話していたことなど・・父の思い出として残っている。

正直、私の今迄の人生で、父から物質的に与えられたものは一つもない。
しかし、父がいたから私の今がある・・という意識は強くあって、節目節目には仏壇に手を合わせて父に報告をしている。

それにつけても、3歳の時から女手一つで私を育ててくれた母には、感謝という簡単な言葉では言い表せない気持ちである。
今から楽をしてもらおうという今、苦労をしてきた母は老人性痴呆症となって一人息子の私さえ判別できず、施設で生活をしている。
無念で、無念で、無念でならない。

64歳になった今、私は幸せに過ごしている。
若い頃あった辛いことなど、思い出の隅に追いやられて、今、生涯で一番の幸せを感じている。  口うるさいが、何かと世話をやいてくれる妻がいてくれる。
二人の子供は夫々独立して、孫も出来た。  二人の子供が学生のころ、将来きっと親孝行するから、海外旅行に招待するから・・・などと言って、学費や、旅行費用や、留学費用をねだられた時の約束は、実質的には果たしてもらっていない。 しかし、こうして夫々が、家族を大切にして日々生活してくれていることが、何よりの親孝行だと思っている。

そして同じように、私が幸せを感じて生きていることが、私の父母に対しての親孝行かと思う。

誕生日を迎えて、そんなことを思った。

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Photo_8 夕方、息子のお嫁さん(Aちゃん)が勤めの帰りに立ち寄って、思いがけないプレゼントを持ってきてくれた。
バースデーカードと花束、それにお食事招待券である。
カードとお食事券は、心のこもった手書きのものだった。

Photo_10 Aちゃんは、まだ結婚してわずかなのによく私の誕生日を覚えてくれていた。
プレゼントも嬉しかったが、その気持ちが嬉しい。

妻は、赤飯と手製のケーキで祝ってくれた。

今日はとても嬉しい誕生日であった。

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2008年1月 7日 (月)

油絵 ”日光晩秋”

昨年の秋11月はじめ、日光方面に油絵の取材も兼ね、紅葉を求めてドライブ旅行をした際、絵になりそうな景色が2~3あった。
(旅行の記事はこちらをクリック→紅葉狩りに

その内の一枚はすでに絵にしてアップロードした。
(その記事はこちらをクリック→油絵”晩秋”

Photo ドライブの途中、戦場ヶ原/三本松茶屋付近で車を駐めて、散策した時、カラマツや白樺の木々の間から男体山が見えた。

カラマツや白樺は見事に紅葉していて美しく、その間から見える男体山の山腹も秋色だった。

男体山の山頂は、湯の湖や金精峠などから見ると丸く見えるが、この場所からは、この絵のように直線の山頂に見えた。  こんな形の男体山を見るのは初めてで、珍しい角度から眺めた男体山だった。

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この油絵は昨年末に完成した絵で、定年退職後に油絵を描き始めて3年8ヶ月、84枚目の絵となる。
昨年暮れは、この絵の後に、プレゼントのために、SMサイズの小品「ざくろ」を描いた。
昨年は、一年間でSMサイズからF60号まで様々なサイズの絵を、22枚描いた。 

             A < 日光晩秋  F6号 >

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2008年1月 5日 (土)

H19菜園データ整理

正月の間、家の中で飲んだり食べたりで、運動もせず締まりなくのんびり過ごした。

TVは面白い番組もなく、唯一「箱根駅伝」をチラチラ横目で見ながら、分厚い新聞に目を通したり、年賀状の整理をしたり、読書をしたり、そして、パソコンの中に貯めていた、菜園や油絵やゴルフや陶芸や家一般のことやらの、データを整理した。

乱雑にパソコンにストックしておいたデータも、EXCELで見やすい表にしたり、グラフにして整理すると、反省事項や、以降の参考になる資料になる。
特に我が家では、家計を含む家一般のことは、この資料が生活の指針となっている。
我が家では、神様・仏様・女房様の次に「Excel様」である。

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そんな訳で、家庭菜園のデータ も整理した。
(画面をクリックすると、字が読める大きさに拡大します)

Photo


  春~夏
  作付け





Photo_2




  秋~冬
  作付け

AA

作付け配置、種蒔きや収獲時期のカレンダー、収穫量、苗や肥料などの費用、種蒔き時の肥料や畝作り用カード、作業日誌、作物育成写真・・・など、昨年の資料が整理できた。

Photo_8 Photo_9






付けは、連作障害を避けるために畑をA~Hまで、8っつに区分して、2~3年間は同じ作物を連作をしないようにしている。

昨年は、48種類の作物を栽培した。

上手くいった作物は・・・・・・・
・ズッキーニ  例年の4倍の206本を収穫
・じゃがいも  3種類合計で161kgを収獲
・トマト      大玉60個、中玉368個を収獲

反面、上手くいかなかった作物は・・・・・・
・なす      元肥の深さを失敗した模様
・きゅうり    台風の風で、木をやられた
・その他、失敗は一杯ある
 

整理した資料を元に、作物別に、反省と今年の注意すべき事項などもまとめた。
勿論、カラス対策もである。

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2008年1月 1日 (火)

賀  春

Photo_2      快晴の中、初日の出とともに

    新年、2008年を迎えました。

     本年の、皆様とご家族様の

        ご健康とご多幸を

         心よりお祈り

         申し上げます。

       本年も、どうぞ宜しく

     お付き合い下さいますよう

       お願いいたします。

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