2009年11月 7日 (土)

見事に見えた富士

最近某社からの依頼要請を受けて、東海道新幹線で出かけることが多い。  立冬の今日も出かけた。

新幹線の新富士駅辺りになると富士山を眺めるのを楽しみにしている。
しかし、曇天だったり、晴れていても富士山には雲がかかっていたりで、その全容を見れることは稀である。

Photo しかし、今日ははっきりとその見事な姿を、裾野まで眺めることが出来た。
うれしくてあわてて何枚もの写真を撮った。
ただ新幹線の電線が写ってしまったり、工場の煙をだしている煙突が写ったりで、気に入った写真は皆無だった。

Photo_3  珍しく、往路の朝だけでなく、復路の午後も朝と同じように裾野までよく見えた。
頂上もアップで撮ってみた。

立冬だと言うので、寒さ対策ばかり考えての出張だったが、実際はかなり暑くなって、かなり汗をかいた一日だった。

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2009年11月 6日 (金)

国会議論

今、国会では与野党が激しい議論を戦わせている。  TVの国会中継で、議論の攻防に耳を傾けることが多い。

そんな折、私も気になっていた問題について、11/5の読売新聞が上手なたとえでコラムに載せていた。

・・・ 歌舞伎では、病人の役は紫の鉢巻をし左側に結び目を結ぶ。  江戸の色男「助六」も紫の鉢巻をするが、こちらは右側に結び目とするのが約束ごとのようだ。 ▲鳩山首相は結び目を間違えているようだ。 沖縄の米軍普天間飛行場の移設問題で結論を引き延ばしているが、「対等な日米関係を」という見栄え良い決めセリフで、見得を切る助六気分なのではないか  ▲意味のある引き伸ばしならともかく、どう探しても、移設を受け入れる自治体は、日米合意案の名護市以外はないだろう。  首相は空虚に時間を浪費している。  ▲日米関係に危うい亀裂を生みかねない首相の大見得は、鉢巻の左右を間違えて色男を気取って見えて滑稽なだけだろう ・・・

この問題は、私自身も同じ考えで報道を見てきたが、このコラムで引用したたとえは、的確で巧みである。
さらにこの問題では、閣僚の意見がばらばらである。
鳩山首相は、閣内の意見統一化と共に、早急に結論をだす必要があるだろう。

民主党による政権交代は、政治のやり方を根本から改革して、今までの腐れ縁の体質から脱皮するチャンスと大いに期待しているものだ。
それだけに、大切な日米関係を維持する為にもこの米軍基地問題でつまずかないようにして欲しいと思う。

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2009年11月 2日 (月)

今年も干し柿

今年も故郷甲府の中学時代の同級生が”百匁柿”を送ってくれた。

Photo 早速、皮をむいて2Fのベランダの物干し竿にぶら下げた。

Photo_2一昨年暮れに、故郷で中学時代の同級会があり、何十年ぶりかで出席した時、同級生の一人と干し柿の話になり、彼の奥さんの実家に干し柿にする百匁柿の木があるので、もいで送ってやるヨ・・ということになった。
そのことを一年後も覚えてくれていて昨年沢山の百匁柿を送ってくれて、それで干し柿を作った。 とても美味しかった。  故郷の味がして嬉しかった。
何よりもあの時のことを覚えていてくれて送ってくれたことが嬉しかった。
お礼に、家庭菜園で育てた白菜や大根などの野菜を送った。

そして、今年もまた、干し柿用の百匁柿を送ってくれたのである。
50年も前の旧友の送り物は嬉しくて、何とも心の暖かさを覚えている。

   -・-・-・- 急にやってきた冬模様 -・-・--・-

昨日1日はゴルフだったが暖かかった。 しかし今日になって急に寒くなって、今日のニュースによると北国は平野でも雪が降ったようだ。  この寒さで風邪をひいた人も急増したようだ。  私も風邪気味なので早めにと、通いつけの医者に行ったら待合室はマスクをした人で溢れんばかりの様相だった。  そしていつもならまだ受付してもらえる時間なのに、1時間も早く受付を〆切ったとのことだった。

小2の孫は、インフルエンザのために5日まで学級閉鎖になったそうだ。
新型インフルエンザに罹って、重症になって大事に至った事例も報道されている。

本格的な冬は駆け足でそこまで来ているようだ。
風邪をひかないように、ひいたら直ぐに治すように心掛けたい。

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2009年10月 2日 (金)

悶絶!大腸/内視鏡検査

今日、健康診断で指摘されていた、大腸の内視鏡検査を行った。

検査の予約を入れた一ヶ月前から、この日のことを思うと憂鬱な気分の毎日だった。
この検査は、すでに10年以上前から受けていて、今年で6回目の検査だったが、毎回苦しい思いをしている。  検査中は全身苦痛の汗でぐっしょりとなる。

今回も事前に先生や看護婦さんに「毎回苦しむ」と話しておいた。  それでも「今回は大丈夫そんなに苦しまないだろう」と自分に言い聞かせてはいたのだが・・

しかし、今回の検査でも苦しくて悶絶(?)の15分間だった。  内視鏡が奥に進むにつれて、大腸の曲がり角で痛むようだった。  看護婦さん3人の励ましの声はとても助かった。
一人は専門で溢れる汗を拭いてくれた。
「はい!終わりましたよ」と先生が声を掛けてくれた時はホットして全身から力が抜けた。  検査が終わった後は、全精力を使い果たした感じでベッドからも助けを借りて起き上がる始末だった。

内視鏡検査で私のように苦しむ人は少ないのか、私の後で5~6人の方が検査を受けていたが、外見上は平気のようだった。
先生の話では、子供の頃受けた盲腸の手術跡が癒着していて、内視鏡を挿入し難くしているのでは・・との話だった。

検査ではほんの小さな2個のポリープが見つかった。  詳細は、良性/悪性の顕微鏡検査を経て、一週間後に判ることになっている。

一週間後の検査結果も心配ではあるが、検査が終わったことで憂鬱な気分は吹き飛んで、晴れ晴れとした気持ちになった。

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2009年9月27日 (日)

孫の運動会へ

昨日は孫の運動会を観に行ってきた。

Photo Photo_2 今年小2になる孫だが、昨年の運動会に比べると大分落ち着いてきたものだと感心した。
もともと小柄な孫は、かけっこは得意ではないようだが、それなりに一生懸命競技に取り組んでいた。

徒競走やリレーなど、高学年になるとその走りっぷりは素晴らしく、孫もあんなに速く走れるようになるのかと心配になる程だった。
応援合戦など、見事に歩調をあわせた応援で、高校生の応援を見ているようだった。

Photo_3 途中、お弁当の時間には孫も席に来て一緒に食べた。
お弁当を食べたら、いささか眠くなってしまった。  陣取った席は丁度木陰で、通り抜ける秋風が心地よかった。  そんな気持ちよい場所だったので、席の後ろの通路には大勢の父兄が立ち観で集まっていたが、マットにチョット横になったら寝込んでしまった。

目が覚めたら孫の参加する午後の競技は終わっていて、娘や妻に詰られた。
妻曰く、「あなたもあんなに大勢の人の目の前でグウグウ寝るなんて、大物になったわね!」と。  ・・・とげのあるお言葉を賜った。

兎に角、天気の良い秋空の下、とても清清しい運動会だった。

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2009年9月24日 (木)

妻が帰宅

長野に嫁いだ姉の家に、巨峰の収穫の手伝いに行っていた妻がしばらく振りで家に帰ってきた。  姉と過ごしたこの期間、とても楽してりフレッシュしたようだった。

私はと云うと、妻の留守中、専ら家庭の主夫として、家事一般を一手にこなしてきた。
家事といっても、この時代、手を抜こうと思えばいくらでも楽にこなせることも判った。

洗濯は風呂に入るときに、洗濯機に放り込んでスイッチを入れておけば、簡単に洗濯が終わっている。
掃除はそんなに頻繁にしなくてもいいし、掃除機を引っ張りまわすだけで埃はとれる。
食事だって慣れてしまえば狭いレパートリーを繰り返して作ればいいし、レトルトでも結構美味しい料理が簡単に出来る。 また、一人ならお茶漬けでも済む。

朝晩の愛犬「フラン」の散歩は欠かせなかったが、歩行の調教をしながら散歩をしていたら、すっかり覚えてくれた。  妻と散歩していた時は、早く前進したくてリードを引っ張って、後ろ足の2足歩行状態だったが、今は私のサイドにピタリと付いて、リードを引っ張ることもない。 私が歩行速度を変えるとそれに合わせるし、止まればフランもピタリと止まる。歩行姿勢も胸を張って堂々としてきた。
今朝は久しぶりに妻が散歩に連れて行ったが、その変化振りに驚いていた。
妻の留守中の唯一自慢できる私の成果である。

そんな訳で妻の留守中、特段の不便もなかったが、一人で執る食事は寂しいし、一日一人で過ごすのも何か物足りない。
妻の有り難味など口が裂けても云えないが、二人でなにやら口喧嘩でもしながら過ごすのが、刺激もあって一番良いことだと実感している。

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2009年9月16日 (水)

画友の個展

今日から画友の油絵個展が開催されている。

今日午前中は、飾りつけの手伝いに行って来た。
同じ油絵教室で一緒に油絵を描いている画友で、20年も描き続けているだけに、さすがとも言える30点以上の力作が並んだ。

Photo_4 Photo_5

会場:クラフト&ギャラリー”風画 (さいたま市西区)
期間:9月16日(水)~27日(日)

このギャラリーは、ブログ友達の”よびばあさん”の陶芸の先生が陶芸展を開いたところでもある。  とても静かな環境の中にあって、雰囲気の良いギャラリーである。

    -・-・-・-・-・-・-・-・-・-

飾り付けが終わった後、同じ西区にある有名な”藤店うどん”に昼食に行った。
ブログ友達の”
ひめひめさん”が激賞しているお店で、私も何度か行ったが、駐車場が満車だったり、閉店後だったりで、なかなか店内までたどり着けなかった。

Photo_6 今回も店外に大勢の人が並んで待っていたが、ぎりぎりセーフで駐車場に駐車でき、やっとうどんにありつけた。
注文したのはお店の一番人気”肉汁うどん”。  肉汁が何とも言えず美味しくて、これなら並んででも食べたくなるのもうなづける。  お値段もリーズナブルである。

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2009年9月13日 (日)

シングルライフ

妻は毎年この時期になると、実家(長野)の近くに嫁いだ姉の家にお手伝いで出かける。

姉の嫁ぎ先は「巨峰」を作っていて、この時期てんてこ舞いの大忙しになる。  姉の大忙しの様子を見ていられずに、いそいそと出掛けてお手伝いをしている。 なんとも涙ぐましい姉妹愛である。 (夫より姉妹か・・と、すねている私)

妻のいない10日間ほどの間、私はシングルライフとなって、家事一切とフランの世話に明け暮れることになる。
自慢ではないが、元来お勝手に入ったことなどない私だけれど、食事作りから、洗濯、掃除までこなさなければならないはめになる。

因みに、今日の一日は・・・

朝はいつもより早く起きて顔を洗ったあと、フランの散歩に出た。  朝の散歩は妻の役目だったが、犬のお散歩仲間から「フランちゃんおはよう・・」などと声を掛けられる。 フランの方が私より顔が広い(トホホ・・・)

帰宅後直ぐにフランに食事を与え、自分の朝食作りに取り掛かる。  ベーコンエッグを焼きながら、その間にトーストを焼き、サラダ作り。 サラダに気を取られている間に、ベーコンを焼きすぎておこげ状になってしまった。あらあら・・と思っていたら、トースターから煙が・・・
結局今朝の朝食は、黒こげトースト、おこげベーコンエッグ、サラダ、牛乳、コーンスープだった。
こげたベーコンだって自分で作ったものは、こりこりして美味しい(負け惜しみ)。

食事の後、自宅で育てていた白菜の苗が大きくなって気になっていたので、フランに留守番をさせて畑に・・。  午前中汗だくになって、30本ほどの苗を植えつけて昼過ぎに急いで帰宅してシャワー。  フランにおやつを与えて、自分の昼食の用意。  冷蔵庫にあった、昨日娘が心配して持ってきてくれてあった焼きそばと夕べ残った御飯をチンして昼食とした。

午後は、洗濯をしたり、フランの相手をしながら市展に応募する50号の油絵を最終手直しした。  夢中になっていたらもう夕方でフランの散歩の時間・・・
散歩の途中で宅配トラックを見て、明後日に行くゴルフのバックを今日中に宅配便で送らなければならないのを思い出し、あわてて帰宅してTEL申し込み。 滑り込みセーフで間もなく取りに来てくれ、ホッとした。

Photo フランに夕食を与えて、さあ今夜は何を作ろうか・・と思ったが、執りあえずビールの肴を・・と思って気が付いた。 しまった、夕方のごたごたで、御飯を炊くのを忘れていた。  御飯を炊いている間に、キャベツ、ピーマン、しいたけ、人参、ウインナなどで野菜炒めを作り、ビールを飲んだ。 沢山野菜炒めを作りすぎて、ビールと併せてお腹がほぼ満たされた。 結局おかず作りは面倒になって、炊けた御飯を卵かけ御飯で食べた。

いやはや、何とも危なっかしいシングルライフが続く。  

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2009年8月24日 (月)

孫達と十日町へ

娘一家4人と我々夫婦の合計6人で、十日町にある リゾート「ベルナティオ」 へ行ってきた。

   ↓ リゾートホテル「ベルナティオ」        ↓ サイクリング
Photo Photo_2 今回は2泊3日で、スケヂュール一杯の旅行だった。
一日目は、途中の「清津峡」を見学し、午後ベルナティオ到着後、ゴルフを楽しんだ。
湯沢に別荘がある友人が、丁度別荘に夫婦で来ていて、その日はゴルフだとの情報が入り、一緒にプレーしないかと電話をしたら、彼らもそちらのゴルフをキャンセルして急遽駆けつけて来た。 その夫婦、娘婿、それに私の同伴プレーとなった。
お陰で、妻と娘はゴルフからはじき出されて、子守専一となった。

その友人夫婦もベルナティオで一緒に夕食することになり、彼らも我々と一緒の方が楽しいと、予定を変更してベルナティオに同宿することになった。 そして、2日目も一緒の行動となり、結局、6人の予定が8人での旅行となった。

2日目は、午前中はサイクリングとスナッグゴルフ、午後は2時間コースの山麓ハイキングツアーに参加し、夕食前はプールと、びっしりのスケヂュールだった。
孫たちも総てに元気に参加した。

     ↓ 工作教室             ↓ 美人林
Photo_3 Photo_5 3日目は、リゾートの子供向け工作教室に参加し、夏休みの工作の一つを仕上げた。
帰路の途中で「美人林」に立ち寄り、見事なブナ林を散策して癒された。
さらに少し足を延して、「松之山温泉」まで行き、立ち寄り湯でお風呂に浸かった。
この温泉は、お風呂も良かったけれど、露天風呂からの景色が素晴らしかった。

3日間、びっしりの過密スケヂュールの旅行で、年よりはいささか疲れたが、孫達は総てに大喜びの楽しい旅行だった。

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2009年8月16日 (日)

プール遊び

昨年8月に生まれた長男の子供が一歳になる。

一歳の誕生会は先日済ませていたが、今日、一歳の行事の「一升餅」を、我が家で行った。
「一升餅」は、「一生食べ物に困らないように」とか、「一生丸く長生きできるように」とかの願いを込めた行事だそうだ。
まだ歩けないので担がせてハイハイをしたが、2kg近い重さに泣き出してしまった。

Photo_10娘も2人の孫を連れてやって来て、孫3人でまたまた大騒ぎとなった。
今日は真夏の天気で、かなりの暑さだった。

そこで、3人の孫は、車庫にビニールのプール広げて、水遊びとなった。
一歳になったばかりの孫は、冷たい水に嫌がるかと思ったが、大喜びで水遊びに参加していた。

廻りにいる親たちも、自分が水遊びしたくなるほどの暑いプール遊びだった。

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2009年8月 9日 (日)

一周忌法要・花火大会・誕生日会

昨日、今日と,いろいろな我が家の行事が連なって、娘一家が孫二人と共に昨日~明日まで二晩泊まりで来ている。

昨日は母の一周忌の法要と会食をし、夜は息子のマンションで夕食会と花火見物、今夜は息子一家も加わって、我が家で孫二人の誕生日会である。 
そのために、娘一家は2晩我が家に泊まっているものだ。

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昨年母が亡くなってから早くも一年が経った。
昨日は菩提寺にて一周忌の法要の読経、墓参りの後、会食の席を行った。
一年が過ぎて、心の悼みも徐々に薄れて、家族一同元気に過ごせている事をうれしく思う。

Photo 同じ日の昨日は、近くで市主催の花火大会があった。
昨年までは市内競馬場で行われていたものが、今年から近くの見沼田んぼでの開催になったものだ。
Photo_3 娘一家や息子一家が折角集まることだし、法事の流れで夜は花火見物を・・・と予定していた。
息子のマンションのベランダから良く見えるので、一同息子の家に寄り集まって夕食会を兼ねての花火見物となった。

母が死亡する3日前に生まれた息子の長女は一歳となる。
娘の下の次女も8月生まれなので、合同の誕生日会を今夜我が家で行う。

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Photo_4 今日は、私の菜園の近くでスイカを栽培して観察している小2の孫に付き合って、スイカの収穫に行った。

2晩続きの3家族での集まりは、普段二人だけの生活に慣れている我々にとっては実に賑やかで騒々しい。  家の中は、おもちゃや遊び道具で散らかし放題・・・

孫は来ないと寂しいけれど、3日も一緒だと、もう結構という騒々しさである。

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2009年7月24日 (金)

今年も届いた”山梨の桃”

今年も甲府盆地で美味しい桃を作っている旧知のTさんが、沢山の桃を送ってくれた。

Tさんは土壌改良し土つくりをして、他と一味違う美味しい桃を栽培されている。
そして、毎年貴重な美味しい桃を送ってくれる。

Photo_4 故郷の桃を先ず最初に、昨年夏他界した母の仏壇に供えた。
母は、このTさんが作られた桃が好物だった。

この美味しい桃の味を知っている娘家の孫達に知らせたら、早速明日皆で取りにくるという。
長男一家にも配って、三家族で、この美味しい桃をいただこうと思う。

Photo_5 果物を好きなフランも、早速この美味しい匂いを嗅ぎつけて、開封すると直ぐに梱包に顔を入れてきた。
なかなか抜け目のないフランである。

毎年忘れずに美味しい故郷の味を送ってくれるTさん、本当にありがとうございます。
家族一同で、故郷の味をかみしめながらいただきます。

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2009年7月14日 (火)

今年も届いた”富良野メロン”

今年もまた、富良野からメロンが届いた。

Photo_5 毎年この時期になると、長男の嫁のAちゃんの実家から美味しいメロンを送ってくれる。
富良野盆地の夏は、日中暑く、夜は涼しい乾燥した湿気のない内陸性の気候のため、メロンの生育には適しているようだ。

Photo_2 今年のメロンは、「キングルビー」という種類で、赤果肉のとても甘くて美味しいメロンだ。
直径が17cmもある大きなのが3個も入っていた。
長男一家には別途送られてくるようだし、孫達が来たので皆で1個、娘一家に1個、もう1個は我々二人で食べることにした。

こんな美味しいメロンはとても買って食べるチャンスなどなく、一年に一度味わう贅沢な味である。
北海道に親戚ができて、度々美味しい食べ物を送って頂き、居ながらにして北海道の特産品が味わえることは幸せだ。

-・-・- やっと口に出来た ”とうもろこし” -・-・-

今日陶芸教室の帰りに、とうもろこしに追加対策した”カラス防御”の結果がどうなっているか知りたくて、畑に寄り道した。
どうやら効果があったらしくて、その後はカラスの襲撃はないようだった。

Photo_4
そして、4本を収穫した。 今まで熟したと見るやカラスに横取りされて悔しい思いをし、口にすることが出来なかったが、今日やっと口に出来た

待ち遠しかっただけあって、すごく甘くて美味しいとうもろこしを食べられて、妻と幸せの味をかみしめた。
2本は、長男が顔を出したので持たせた。

カラスさん、お裾分け、ありがとう ??

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2009年7月 2日 (木)

人・物・金

昨日は東海道新幹線に乗って出かけてきた。

昨年来、某社から新規に進出した事業についてアドバイスの要請があり、出向くことが多い。
そんな関係で、度々新幹線を利用する。

昨日も新幹線で出かけたが最近乗客が少なくなっていると感じる。
いつもなら東京駅始発の自由席の乗車口に並ぶ人は15~20mにもなるが、昨日は5~6mくらい並んだだけだった。
出発時の乗車率も、いつもならほぼ満席近くなるのに50%ほどで、新横浜でも乗降者は同じくらいで、とても満席にはならなかった。

東京駅発8時過ぎなら、ビジネス出張で丁度混む時間帯なのに、この程度の乗車率では他ダイヤでもこんなものなのだろう。

景気の動きは 「人」、「物」、「金」 の動きに連動しているといわれる。
昨日の新幹線で、最近の「人の移動」が極端に少なくなっていることを感じ、景気の先行きもまだまだ厳しいことを感じた。

政府は、党内のごたごたなどしている場合ではない。
早急に適切な景気対策を施さないと、日本の行方が心配だ。

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2009年6月24日 (水)

梅雨のゴルフと紫陽花

今日はゴルフ場(浦和ゴルフ倶楽部)まで行ったが、雨がひどくなったので予約をキャンセルして引き返してきた。 (ウ~ン、残念!)

天気予報では”強い雨”とのことだったので最初からキャンセルしようと思っていたのに、朝起きたら降ってはいないようだった。
そこで、ご近所のゴルフ仲間4人、ゴルフ場まで行ったが、行く途中から雨がひどくなってきて、今日は中止しようということになった。
この所ゴルフの調子が上向いていたので中止は残念だが、このひどい梅雨の雨では正解だった。

2_2 帰り際、車に同乗したご近所の方が、我が家の玄関脇に咲く紫陽花を見て、さし木して育てたいとのことで、4~5本分切って差し上げた。
この紫陽花は、最初は白いが徐々に色を変えながら長い間咲いていて、冬になると緑色に変る珍しい紫陽花である。

←切った紫陽花をグラスに挿してみた。

今は、白から赤紫に変り始めている。

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2009年6月15日 (月)

ズッキーニを肴に

ズッキーニの収穫をアップロードしたついでに、簡単なズッキーニ料理を紹介。

ズッキーニの調理は、カレーやパスタに入れたり、天ぷらにしたり、チップスにしたりいろいろな調理方法があるようだ。
我が家でもいろいろと試してみたが、私は・・・
「オリーブ油でこんがり炒めて、一緒に炒めたにんにくとチーズを乗せた」 簡単調理が一番好きだ。
最後にチョット塩を振るのがコツ。
また、チーズが少し茶色に”おこげ”が出来るくらいに炒めると、おこげがカリカリして美味しい。

Photo_2 今日は、これをビールの肴にした。
ワインだったらもっと美味しかったかも知れない。

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2009年6月 4日 (木)

6月・紫陽花の季節

6月に入って曇天や雨天が多くなり、関東地方も梅雨入りが近そうだ

こんな天気に、狭い我が家の庭の紫陽花たちが咲き始めた。
紫陽花が好きな妻が、切花で頂いてきて挿し木で育てたもの数株だ。

     ↓ 七色変化の紫陽花
Photo ←門扉の脇に植えてあるこの紫陽花は、咲き始めた今頃は白いが、時間が経つにしたがってピンク色、紫色、赤紫などいろいろな色に変化して冬の間も花が落ちない変り種である。
そして寒くなるとまた緑色に変っていく。
昨年もこの様子をブログにアップした。

                        ↓ がくあじさい
Photo_2 →玄関脇では「がくあじさい」が咲き始めた。
今年は肥料が足りなかったのか、枝を落としすぎたのか花は小さめで、花の数も少ないようだ。
場所を独占するように大きくなってしまったので、今年は花後に思い切って剪定したいと思っている。

  ↓ 柏葉紫陽花
Photo_3 ←妻が紫陽花が好きなのを知っている近所の奥様が、珍しい紫陽花を届けてくれた。
葉っぱが柏の葉に似ているので「柏葉紫陽花」というそうだ。
葉っぱだけでなく花自体も縦長の珍しい紫陽花である。
今は切花を楽しんで、そのあとで挿し木にして育てると妻は張り切っている。

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2009年5月 6日 (水)

孫も参加の家庭麻雀

連休終わりの2日間は生憎の雨天となった。

先日息子一家が来て食事をしたとき麻雀の話になり、息子の嫁のAちゃんが麻雀をやってみたい・・ということで、その夜に麻雀初体験のAちゃんに麻雀を教えた。
その時の麻雀がとても楽しかったらしく、「今度泊り込みで麻雀に誘ってください~」と言われていた。

Photo_2連休最後の2日間は雨天となり、絶好の麻雀日和といって、泊り込みの仕度をして息子、Aちゃん、孫(8ヶ月)の一家がやって来た。
夕食と風呂を早めに終えて孫を寝かしつけてから、夜中まで卓を囲んだ。
Aちゃんは麻雀2回目なのに覚えも勘も冴えて、とても楽しかったようだった。

翌朝、Aちゃんは麻雀の夢を見たといい、朝食後から午前中、また麻雀となった。
孫も一緒に卓を囲んだ。
午後、Aちゃんは「またおねがいしま~す~」と言って、一家は満足して帰っていった。

雨天のお陰で、孫も参加の楽しい麻雀ができた。

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2009年4月30日 (木)

大型連休前夜祭?

大型連休に入った。  今年は12連休や16連休など、超大型の連休とする企業が多いという。

景気の後退が深まり、仕事量が減って仕方なく大型連休としている企業もあるようだから、この超大型連休を喜んでばかりいられないのだが・・・

Photo_4 そんな昨夕、我が家の娘一家、息子一家が我が家に来て一緒に夕食となり、さながら連休突入前夜祭となった。
娘婿のお母さんも呼んで、大人7名、孫3名、愛犬一匹で夕食を共にした。
これだけ集まると家中がてんやわんやの大賑わいとなって、まだ8ヶ月の息子の長女はビックリしていたが、慣れてくると声を出して笑っていた。

Photo_5 夕食は我が家自慢の”お好み焼き”。
我が家のお好み焼きは、お好み焼き好きの娘と娘婿が、あちこちのお店の味やトッピングを真似して作り上げた特別レシピで、とても美味しい。
また、蓋をして焼くことでとても柔らかくてジューシーなお好み焼きとなるのも特徴である。

そして・・・各家族は夫々のすごし方で、この大型連休を楽しむ予定のようだ。
私達夫婦は、普段が毎日大型連休なので、人ごみのこの大型連休は外出は避けて、夏野菜の植え付けなどに汗を流す予定である。

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2009年4月24日 (金)

コーラスのコンサート

今夜は女性コーラスのコンサートで、美しいハーモニーを拝聴してきた。

Photo_3 ブログ友達の”よびばあさん”が出演する”女性コーラス・グリューン演奏会”で、招待券2枚を送って戴いたので、妻と一緒に出かけた。
会場は、川口市の ”川口リリア”   会場はパイプオルガンのある本格的なコンサートホールだった。

コーラスのコンサートを聴くのは初めての経験だった。
アマチュアコーラスと思っていたら大間違い、正直、こんなに素晴らしいコンサートだとは想像していなかった。
演奏が始まって第一曲目から、素晴らしい歌声とハーモニーに思わず聴き入ってしまった。

第2部の賛美歌は総ての曲を原語(何語かわからないがcoldsweats02)でのコーラスで、これだけ歌詞を覚えるだけでも大変な練習を積んできたことが伺えた。

壇上の”よびばあさん”もしっかり確認できたし、演奏会終了後、ホールでもお会いできた。
素晴らしいコンサートに招待頂いて妻も感激の様子だった。

秋にはウイーンのあのシュテファン大聖堂でコンサートを行うという。
今後とも更に美声を磨いて、活躍されることを期待しています。

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2009年4月17日 (金)

満開のナニワイバラ

道路沿いのフェンスにからませて垣根にしている ”ナニワイバラ” が昨日満開になった。

2 数日前の朝、庭にいたら、犬の散歩で通りかかった人が犬に、「ほら、一輪だけ綺麗なバラが咲いているヨ」と話しかけているのが聞こえた。
前日は咲いていなかったのに・・と思いながら行って見ると、なるほど一輪だけ咲いていたが、他はまだ蕾のままだった。

それから3日後、連日の暖かい陽を受けて、昨日いっぺんに満開となった。

2_3 真っ白なナニワイバラは遠くからでもよく目立って、通りかかった人から「綺麗ですね」とよくお声がかかる。
そして、毎年何人かの人が「挿し木がしたい」というので、枝を切って差し上げる。

挿し木をした方のお宅の庭にも、きっと同じ真っ白なナニワイバラが咲いたことだろう。

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2009年4月 7日 (火)

お花見

先週の週末、近所に住む息子一家を誘ってフランも連れて近所の見沼の桜のお花見に出かけた。

22_2 丁度週末は桜が満開で、何キロも続く桜並木は毎年、何回見ても綺麗だと思う。

2_3 桜の木の下でシートを敷いて、皆で弁当を食べた。
7ヶ月になる孫も、桜が綺麗なのが判るのか、桜を見上げてはご機嫌で笑顔だった。
フランも嬉しそうにやんちゃ振りを発揮していたが、最後は歩き疲れたようだった。

-・-・-・-・- < 追記 > -・-・-・-・-

先日の花見の3日後の今日(4月8日)は、もう満開の桜も散り始めた。

2_2 我が家の脇の道の100mほど先は、桜のトンネルになっている。
普段は明るいこの道なのに、桜のトンネルの中は桜花に覆われて薄暗くなる。

満開を過ぎた今日は、桜吹雪がはらはらと舞い散る風情に、車を止めたり、足を止めて写真を撮る人が多く見られた。
道路には舞い落ちた桜の花びらの絨毯のようだ。

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2009年3月29日 (日)

惨敗 麻雀

いつものご夫婦が我が家にやってきて、麻雀とお喋りを楽しんだ。

いつものご夫婦とは、東京に住む会社時代の先輩と奥様である。
麻雀は、この所私の調子が悪く負け続きだったので、今度こそはと意気込んでの対戦だった。

Photo ひとしきりお喋りの後昼食をとり、麻雀が始まった。
そして、結果は、またも惨敗の返り討ちを食らってしまった。
たまにしかやらない為か(苦しい言い訳)、一度は自分が上がる場面を見逃して、逆に大きく振り込むなどの失態をした。  これでは勝てるはずもない  (´・ω・`)ショボーン
A

Photo_2途中、夕食をとった後、更に麻雀の続きとなった。
夕食を食べても、ツキは我が牌に宿ることはなく、惨敗の上塗りとなった。 アァ~
今回も妻は調子が良く、夫婦合計の負け分を和らげてくれた。

”今度こそはあだ討ちを”との私の挑戦をニコニコ顔で引き受けて、ご夫婦は帰っていった。

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2009年3月27日 (金)

WBC日韓戦に思う

日本中を興奮させたWBCの日韓戦について、考えた。

侍JPNはWBC戦8試合のうち5試合が対韓国戦だった。
始めの3試合ぐらいまでは、むき出しの敵意を示す韓国の応援に、韓国チームにはいい感情は持てなかった。
勝ってピッチャーズマウンドに韓国々旗を立てる行為も、戦争で占領した敵地に国旗を掲げる行為に似て、良い感情はもてなかった。

Img_2114 しかし、彼らのここぞという時の獲物に襲い掛かるような力強さや戦略には、敵ながら見事!と誉めたくなることも度々あった。
次第に侍JPNの応援をしながらも、韓国チームの粘り強さと素晴らしいプレーにも引き込まれていった。

そして決勝戦の日韓両チームの素晴らしい攻防に、勝敗は二の次という感情になって野球に興奮した。
勝った侍JPNは素晴らしかったが、敗れた韓国チームにも心から敬意を表し拍手を送りたい気持ちになっていた。
恐らく、多くの日本人は同じような感情だったのではないかと想像する。
スポーツが国民の感情を変えさせることが出来るものだと思った。

しかるに、韓国国内ではこの侍JPN 戦に対してどんな反応なのだろうか。
スタンドに竹島問題を書いたプラカードを掲げる国民性である。  日本の野球に対して、負けた怒りの感情なのではないのだろうか。
それとも日本の野球に対して素直に負けを認めて、敬意の気持ちを持っているのだろうか。
この日韓戦で私達が韓国チームに抱いたように、侍ジャパンに拍手を送る気持ちが湧いただろうか。  是非そうであって欲しいと願う。
韓国国民の感情についての報道を知りたいところだ。

王前侍JPN監督は、決勝戦前のセレモニーで、足の悪い韓国の監督の前まで行って敬意を表してハグした。 涙が出そうになった。
原監督は、対米戦の後に、米国野球に対して尊敬の言葉を述べた。 韓国に対してもそうだった。 原監督の言葉は素直に心地よく心に響いて、この点でも日本人のスポーツマンシップの質の高さを表していた。  侍は強いだけでなく謙虚で紳士的であった。

日本人は(少なくとも私は)、こんなに素直に韓国チームの素晴らしさを認めているのだ。
韓国国民も、素直に日本チームの勝利を認めて、尊敬しあえる両国関係であって欲しい。

そしていつまでも良きライバルとして、向上していってほしい。
野球だけでなく、総ての日韓関係においても・・である。

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2009年3月24日 (火)

おめでとう!侍JPN

WBCの決勝で、侍ジャパンが快勝して優勝した。 しかも2連覇だ。

Photo韓国との決勝戦は正に雌雄を決する決勝戦となったが、見事に”侍ジャパン”が勝っての優勝だった。 バンザイ日本!。
韓国戦はこの大会5度目の試合で、韓国の粘り強さやむき出しのファイトや試合運びの上手さや攻守の技術には、一目おくものがあった。 強いぞ韓国!!
決勝戦も決勝にふさわしい好試合だったと思う。

Photo_2そして最後の美味しい場面はイチローの見せ場となった。
イチローは最初の数試合は調子が出ず、打球はゴロばかり。 ”イチロー”ではなく”ゴロー”だった。 ”イチロー”も”クロー”して、最後の最後に、正に”イチロー”の本領発揮の決勝打を打ってくれた。

日本と韓国は、強豪と目された”アメリカ”や”キューバ”や”ベネズエラ”を破っての決勝進出となり、アジアの”スモール・ベースボール”が世界に十分通じることを証明した。
ただ、アメリカが本当に本気モードだったかどうか疑問は残る。
WBCよりもアメリカンリーグを重視して、選手の出し惜しみをした気がする。
しかも、アメリカはこのWBCで相当な利益を出したとも聞く。  アメリカもしたたかだ。

それでもマアいい。  結果は日本が優勝したのだ。  日本の各選手のレベルの高さは抜群であり、団結力の勝利だった。 MVPは松坂が獲得したが、誰が見ても選手全員で勝ち取った優勝だと思う。

改めて、選手の皆さんに”おめでとう”と言いたい。 そして、ご苦労様でした。
もう一つ、日本中を湧かせてくれて”ありがとう”

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2009年3月22日 (日)

微笑ましい姉妹愛

先日、娘婿が泊りの出張だというので、娘が二人の孫を連れて我が家に来て泊まった。

孫は ”小一で7歳(4月から小二)” と ”2歳半” の二人の姉妹である。
夕方、二人が 「おじいちゃんとお風呂に入る・・」 というので、久しぶりに三人で風呂に入ることにした。

先ず、下の児と入っていたがお姉ちゃんがなかなか入ってこない。 その内に入ってきたので何をしていたのか聞いたら、「妹の着替える下着を用意していた」という。 感心した。

そして、入ってきたと思ったら「○○ちゃん、体を洗うから湯船から出なさい」と言って、妹を洗い場の椅子に腰掛けさせた。 そして、シャンプーを付けてシャワーで頭を丁寧に洗ってあげ、今度はボデーシャンプーをスポンジに付け、揉んで泡立てて、首から脇の下から足の先まで実に丁寧に洗ってあげた。

その手際よさには驚いた。 しかも、妹はヤンチャなのにお姉ちゃんの言うとおり黙って、洗わせていたのである。  以前私がこの児を風呂に入れたときは、洗わせないで往生したことがあったのに・・と、あっけにとられて見ていた。

妹を洗い終わると、「おもちゃで遊んでいるように」言い、その間に自分も同じように髪と体を丁寧に洗った。  そして、「はい、おじいちゃんは湯船から出て体を洗って!」と私に指示し、二人で湯船に入った。
妹に「20まで数えたら出ていいよ」と言い(2歳半の孫が20まで数えられるのを初めて知った)そして、二人で20数え終わると「お先に・・」と言って風呂から上がって、脱衣場に出て行った。
一緒に入ろう・・と言われて入ったのに、私はただポカンと眺めているだけだった。

聞いていると、脱衣場でも、バスタオルで妹の体を拭いて、下着を着せていた。
その後で、自分も下着を着た様子だった。
最初から最後まで、私の出番はなかった。
・・・私の存在は何だったんだ?

兄弟のいない私は、この微笑ましい姉妹愛に、心まで洗われるような思いと共に、羨ましくさえ感じた。

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2009年3月 9日 (月)

地デジ対応TV

漠然と地デジ対応TVにしなければ・・と思ってはいたが、衝動買いで購入してしまった。

先日妻と、車の6ヶ月点検でディラーに行った折り、点検中の1時間ほどの待ち時間に、ディラーの近くにあった家電量販店をウインドショッピングの心算で覗いてみた。

Photo_6ぶらぶらとTV売り場に行ったら、3~4年前に比べて大分安くなっているように感じた。
妻とアレコレ買う心算もなく見ていたが、妻が急にこれにしようよ、と言い出した。
私も買うならこれが一番鮮明な画面かナと思ったので、何となく購入する雰囲気になってしまった。

息子の家に行くと大型TVがあって、見易くていいね~と話してはいたが、液晶画面とプラズマディスプレーの特徴差さえよく理解していなかったのに、正に衝動買いであった。

購入したのは「42インチのプラズマディスプレー(Panasonic)」だが、後で調べてみたら、液晶に比べて消費電力では劣るが、スポーツなど早い動きの画面には適しているようだった。
映画やドラマはほとんど見ないし、ニュースとゴルフ、サッカー、野球などのスポーツを見るのが主なので丁度上手い選択だったのかもしれない。
それに大画面で見ると、野球やゴルフなどは今までにない臨場感がある。

有線のケーブル(JCOM)で受信しているので、アンテナ受信よりもかなり多いチャンネルが見られるのに、あまりTVは見ないほうだった。  しかし、このTVが来てからは、スポーツや懐かしいポップス・フォークの歌番組など、TVに向かう時間が少し増えたようだ。

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2009年2月24日 (火)

e-Taxで確定申告

「e-Tax」 で確定申告をした。

税務署から送られてきた用紙に、申告事項を記入して下書きは1時間足らずで出来た。
これをそのまま封筒に入れて送れば用は足りたのだが、税務署の簡単で便利とのPRに惹かれて”e-Tax”で申告してみようと思ったものだ。

その結果、この”e-Tax”、何と面倒なことか・・・・
先ず、区役所に行って「電子証明書付きの住民基本台帳カード」の交付を受けなければならない。
更に、電気店で「ICカードリーダー」の購入も必要である。
費用も、区役所でカードの交付と番号登録するのに¥1,000、カードリーダーが¥2,500が掛かる。

事前準備が整って、パソコンに向かうと、パソコンにドライバーソフトのインストールが必要である。
その後、国税庁のHPを開いて、やっと申告が出来ると思うと、パソコン上で税務署への諸々の申告をしなければならない。  これがやたらと面倒な打ち込みとなり、まだまだ申告書用紙にはたどり着けない。
暗証番号だけでも、カード取得の際に”住基カード番号”と”電子証明番号”が必要で、パソコンに向かってからも”e-Tax提出暗証番号”と”納税確認番号”の打ち込みが必要で、合計4つの暗証番号を考えなければならない。
こうなるともう、どれがどの番号か区別が付かなくなってくる。

そうして、やっと本来の目的の「申告書」が表れる。 これはもう事前に下書きしてあるので、15分足らずで終了してしまう。  この15分のための事前準備に何時間要したことか・・・

しかも、税務署のPRの嘘に気づいた。

1.HPから簡単に申告できる
  ・・・上記のように非常に複雑だ
     しかも費用がかかる

2.最高¥5,000税額控除
  ・・・税金ゼロの人にはメリットゼロ
    ¥1,000なら¥1,000だけのメリット

3.添付書類提出不要
  ・・・送付申告なら、封筒に同封すれば同じこと
    保管しておかねばならないしメリットと言えるのか

4.還付金がスピーディー
  ・・・4~5週間が3週間になるだけの話
         別にスピーディーでなくともよい

ただし”e-Tax”には、税務署の面倒な手間が省ける、とか、納税番号が個人に付られて管理がし易いなど、税務署にだけは大きなメリットがあるのだろう。

申告が終わってホッとしたが、何か釈然としない”もやもや”が残った。

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2009年2月22日 (日)

儚い命

ゴルフ仲間の昨夜の通夜と今日の告別式に参列した。

町内のゴルフ同好会のメンバーのSさんが亡くなった。 72歳だった。

2週間前に風邪かと思って病院に行き、肺炎と診断されてそのまま入院していたそうだ。
一ヶ月ほど前の先月末は、町内会の餅つき大会で、ゴルフ仲間で豚汁を作って餅つきの参加者に振舞った時は、材料の仕入れを担当してもらい、元気に活躍していた。 
その後に催された、ゴルフ仲間の新年会にも出席し、得意の「哀愁演歌」をしみじみと聞かせてくれた。
温厚な人柄でいつも笑顔を絶やさず、会社経営の第一線を退いた後はジムに通って体を鍛え、釣りや和蘭の栽培を趣味としていた。 特にプロを目指した喉はカラオケの席で皆をうならせた。

一ヶ月前はあんなに元気だった人が、その2週間後に病を得て、そのまた2週間後には亡くなったと聞いた時は本当に驚いた。
人の命は、こんなにも儚いものなのだと改めて思い知った。

私より7歳しか違わない方の死にショックを受け、一日一日を充実して過ごし、悔いの残らない日々を送ろうと強く思った。

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2009年2月16日 (月)

春の香り

今日、外出から帰って玄関ドアーを開けようとしたら、プ~ンといい香りがした。

ン~? 一瞬、何処かで嗅いだことがある香りだ・・・ と思ったが、すぐに沈丁花の香りだと判った。

Photo_5Photo_6

我が家の玄関脇には沈丁花が植えてあり、春の気配がする頃になるといい香りを放ち始める。  例年だと2月25日頃から香り始めるが、今年は暖冬のせいか、例年より10日ほど早い今日が香り始めだった。
毎年のことだけれど、この香りが漂い始めると、アァ春が来たな・・と思う。

ついでに花壇を覗いてみたら、水仙の蕾も膨らみ始めていた。

春はもう、そこまでやって来た。

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2009年2月 8日 (日)

先日、立派な「書」を戴いた。

戴いたのは同じ町内に住む、書道の師範の資格を持つゴルフの仲間の先輩である。
氏は、いろいろな書道展で入選や入賞しているアマチュアの域を超えた書家であり、昨年の”さいたま市展”では、数ある応募作品の中から、トップの「市長賞」を受賞した大家である。

Photoこの「書」は85cm四方の大作で、殷の金文で「首」(しゅ)と書いてあり、氏によると「決して首(くび)になる・・という”首”ではなく、首席、首位、首相とかのトップという意味の”首”」だそうである。
因みにこの「書」は、一昨年の埼玉県展に入選した作品だそうだ。

有り難い縁起良い「書」を戴いたので、早速床の間に飾っていた「寒山寺/楓橋夜泊」の掛け軸を外し、この「書」に交換した。

私は氏の作品が出品された書道展の案内を頂くと、必ず足を運んで鑑賞させてもらっている。  氏の書には、爽やかな力強さを感じ、「書」の中に一幅の「絵」を見るようでとても好きだ。

お返しに私の油絵を・・とも思ったが、余りのレベルの違いに気が引けて、未だに言い出せないでいる。

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2009年2月 1日 (日)

雪遊び旅行

1/31~2/1、娘一家、息子一家と私たち夫婦の、3家族/10人で、雪国十日町に行ってきた。

行き先は、新潟県十日町にある、あてま高原リゾート「ベルナティオ」(←下線部をクリックするとHPへ)
春夏秋冬いろいろな景色が楽しめ、また季節に応じたイベントをしていて、一年中楽しませてくれるリゾートで、私たちは年に4~5回訪れる。

今回は、息子と娘婿と6歳の孫はスキーを楽しみ、私たち夫婦はスノーシューイングのツアーに参加した。
娘と息子の嫁や小さな孫達は、スノーチュービングやそりなどで雪遊びに興じていた。

PhotoPhoto_2 私は昨年まではスキーを楽しんでいたが、昨年新雪を滑って体力の衰えを身にしみて感じ、今年からはスキーは止める事にした。
今年は夫婦でスノーシュー(西洋かんじき)を履いて、雪の高原を散策をすることにし、ツアーに参加した。

Photo_3Photo_4 スノーシューイングのツアーは、大人から子供まで12~3人が参加し、ガイドのインストラクターの説明を聞きながら、あてま高原を散策した。
途中、ウサギの足跡などを発見し、林の木々の説明など聞き、汗をかきながら雪の中を歩き回った。  とても新鮮で癒される雪中散策だった。

夜は美味しい食事に満足した後、6歳の孫が企画した、なぞなぞゲーム、伝言ゲーム、カードゲームなどして、久しぶりにお腹がよじれるほど大笑いした。

こうして子供達やその家族と旅行できることにとても満足した旅行だった。

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このリゾートでの楽しみは、これらのイベントの他に、美味しい食事もある。
朝夕のバイキングは和風、洋風いろいろな種類の料理があって、いつもお腹が満腹に満たされる。
お昼に食べた「へぎ蕎麦」も美味しかった。

また温泉も魅力で、今回は雪の中の露天風呂に3回も入った。

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2009年1月19日 (月)

楽しく麻雀

昨日は我が家を訪れたご夫婦と、麻雀を楽しんだ。

月一度のピッチで、我が家を訪れてくれるこのご夫婦は、私の会社時代の大先輩で家族同伴の海外勤務時代に、家族ぐるみでお世話になったご夫婦である。

118_2 私の定年退職後お付き合いを再開し、以降ほぼ毎月我が家で麻雀を楽しんでいる。
ちなみにこの先輩は、当時若くて真面目だった私に「麻雀」と「ゴルフ」を教え込んだ悪い先輩でもある。

いつもは先ず菜園に行って、お持ち帰りの野菜を収穫してから麻雀となるが、今は大した野菜も採れないので、お土産用の野菜(キャベツ、大根、里芋、長ネギなど)は予め収穫しておいた。

来たら先ず、ひとしきり近況などのお喋りに花が咲き、昼食の後は早速麻雀となった。
今日は、どうした訳か妻の調子が良く、私が負けた分を妻が勝って、二家族対抗勝負の収支は丁度±0で、引き分けだった。

麻雀の後は夕食となり、その後もいろいろとお喋りして、夜9時半頃ご夫婦は帰っていった。
心を許して、ざっくばらんにこんなに何でも喋れるご夫婦と、いつまでもお付き合い願いたいと心から思う。

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2009年1月17日 (土)

あれから14年 阪神大震災

また1月17日が来た。 この日になると毎年「阪神大震災」の報道が賑やかになる。

あれから14年過ぎて、いま神戸の街は見事に復興した。
その復興の早さには驚くばかりである。

私も「阪神淡路大震災」には、決して忘れることはないであろう思い出がある。
あの日、会社に出社してすぐに地震のあったことを知り、被害の大きさに驚きながらTV報道を他人事のように見入っていた。

しばらくして、神戸に納入していた機械設備の復旧に来て欲しいとの要請が入った。
その設備機械は、現地に届く支援物資を、配送先別に高速で自動仕分けするCPU制御の機械設備で、食料や衣類などの支援品を支援先に送るのに欠かせないものであった。

当時、その機械設備を設計した部門の責任者だった私は、機械、電気、CPUなどの担当者を伴って昼前には新幹線で現地に向かった。
そして、可能な限りの交通機関を乗り継いで、現地にたどり着いたのは真夜中だった。
設備周辺の地面は、巾50cm、深さ2mほどの亀裂が縦横に走っていた。

それから三日三晩、事務所で仮眠程度しかとらずに、呼び寄せた数名の作業員と共に必死で復旧作業をし、2日半後にやっと復旧にこぎつけた。

こんなに早く復旧できるとは思っていなかったお客様には、手厚く感謝された。
そして、その後の報道で、ひどい被害に苦しむ人たちの事を知り、その方達に陰ながら貢献が出来たことを嬉しく思った。

帰路は交通手段もなく、ザックを背負って大阪まで歩いた。
道すがら、倒壊した高速道路や家屋、めちゃめちゃに壊れた自動車、壊れた高速道路から半分顔を出して宙ぶらりんになっているバスなど、ひどい被害の状況を目の当りにした。
詳しい状況や写真は、昨年の1月17日のブログ にアップした。

毎年この日になると、あの時のことを、この間のことのように思い出す。

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2009年1月12日 (月)

干し柿 完成

昨年11月に吊るした「干し柿」が、昨年末には完成した。

11月始めに、山梨の旧友が送ってくれた「甲州百匁柿」を干し柿にしようと、皮をむいて軒先にぶら下げていた。

Photo 約40日間ぶら下げた後、白い粉が吹くように、密閉容器に3日ほど入れておき、再度新聞紙に載せて干しておいた。
年末には十分に食べられるようになって完成した。
干し柿にしたら、百匁(約370g)だった柿が1/4の80gになった。
見た目も、1/4くらいに小さくなった。

   ↓ 甲州百匁柿        ↓ 皮むき        ↓ 吊るし柿
Photo_5 Photo_6 Photo_7 白い粉も吹いて、とても美味しく出来上がったが、少し長く干し過ぎたようで、出来上がりは硬めだった。
皮むき後一ヶ月ほど日向にぶら下げたら、白い粉吹き処理をして、その後一週間干して完成・・くらいが、丁度良い硬さになるようだ。

保存が利くので、知人や子供達や孫達が来て、お茶を飲む時に取り出して、味わいながら食べている。

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2009年1月 8日 (木)

孫と愛犬と公園

ポカポカ陽気に誘われて、長男の嫁のAちゃんと孫を誘って、愛犬フランを連れて、お弁当を持って近所の公園に行った。

Photo ヤンチャなフランは、リードの手を離すと、思い切りはしゃいで跳び回る。
ボールを投げると勢い良く走って行ってボールを咥えて戻ってくる。
何度も繰り返すうちに疲れて地面に座り込む。

Photo_2 Photo_3最近よく笑うようになった4ヵ月半になる孫は、外の空気が気持ちい良いのかご機嫌で、その内に眠ってしまった。
孫のそばで、フランに子守をさせながら我々は、ベンチで持参のお弁当を開いた。

とても気持ちよい冬日和の一日だった。

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2009年1月 1日 (木)

新年を迎えて

新しい年、2009年(H21年)を迎えました。

今年は、昨年の暗い世相、政治・経済の混乱、先行きの見えない混迷状態から早く脱却して、明るく、暮らしやすい、スッキリした社会になって欲しいと心から思う。

Img283_2 我が家では、毎年々末に我が家の経済の棚卸をしているが、株やファンドの落ち込みが大きく影響して、大幅に目減りした数値には驚愕した。

世界経済は、「100年に1度の危機」とも言われており、国内政治は政局次元の争いをしている時ではない。 与党も野党も、自分の党益よりも国益を、政局よりも政策を最優先して、国民本位の対策を至急講じて欲しい。

こんな時だからこそ、我々は自分なりの「夢」を持って、進んでいきたいと思う。
そんな気持ちから、今年の元旦は 「夢」 と書いてみた。

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この正月は喪中のため正月の祝いをしなかった我が家ですが、孫を含む子供一家など三家族、10人が我が家に集って新年を迎えました。
4ヶ月~6歳の孫3人を含む10人も集まると、家の中は大騒ぎになります。
愛犬フランも、夜中まで続いた大騒ぎに巻き込まれて興奮し、元旦の朝は寝不足気味で食欲もないようでした。

暗いことの多かった昨年の大晦日としては、この大騒ぎで新年を迎えることが、明るい夢のある年に感じられて、とてもよかったと思っています。
暮れにインフルエンザになった私ですが、ギリギリセーフで、この集まりが実現しました。

そんな訳で、今年も拙いブログの更新を続ける心算です。
今年も、昨年に引き続いて、どうか宜しくお願いいたします。

本年の皆様のご健康、ご多幸をお祈り申し上げます。

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2008年12月29日 (月)

年の瀬に想うこと

暮れの忙しい時期になって風邪をひいて3日間寝込んでいた。
それもタダの風邪ではなくインフルエンザと診断されて、タミフルを恐る恐る服用した。
お陰で、今日は熱も下がって、大分楽になった。

昨年の暮れも夫婦で風邪をひいて、大晦日の子供や孫が集合して年越しする計画が流れてしまったが、今年は実行できそうだ。
本来なら、正月の仕度で大忙しなところだったが、今年は母が死亡して”喪中”のため、正月を祝う一切を取りやめたので、ユックリと休養が出来た。

今年の我が家の重大出来事は、8月11日~17日の一週間に凝縮されている。
この一週間は、私の初めての”油絵の個展”だった。
個展初日から3日目の13日に内孫が誕生し、その3日後の16日に母が死亡した。  この一週間の出来事を忘れることはないであろう。
風邪で伏せっているとき、リクライニングチェアーにパジャマ姿で寝そべって日向ぼっこをしながら我が家の今年の出来事について、そんなことを考えた。

   母が逝き 早や四ヶ月経ち 冬日和
                       ・・・ スロー人 ・・・

今年、油絵では2つの公募展に入選し、合計4つの展覧会に出品した。
陶芸も、年初めから先生の教えを受けるべく、教室に通い始め、今は電動ロクロの習得に努めている。
ゴルフは、今年から地域のゴルフ同好会の会長を仰せつかった関係で、お付き合いでプレーする回数が増えて、一年で23回プレーをした。 ほぼ月2回のペースになる。

家庭菜園での野菜作りも、5年目となる今年は、大分慣れてきて、力を入れる事/手を抜く事の要領も覚えて、大分楽になった。
今年は約50種類の野菜を育て、さつま芋と玉葱を除いて、他はほぼ順調に収穫できた。
特に、白菜とキャベツは自分で苗から育てて、約80個ずづの収穫だった。
また、カラスとの対決でも、ほぼ100%完勝できたと思っている。

今年の我が家の重大ニュースに欠かせないのは、愛犬のフランが家族に一員になったことだ。
フランは、トイプードルで生後2ヶ月の時に我が家に来た。
あれから7ヶ月も経つのに、その元気さは相変わらずで、家の中を元気の走り回っている。
その明るさや活発さや愛らしさに、沢山の元気をもらっていることを実感している。

我が家は、今は、夫婦二人とフランだけの家族だが、すぐ近くには長男一家(孫一人)がいるし、車で2~30分のところには、長女一家(孫二人)がいる。
大きい意味で、これら二家族を含めた大家族で、来年も楽しく賑やかに過ごしていきたいと思っている。
また、今度の風邪引きで、何くれとなく面倒を見てくれる妻に、改めてその存在の奥深さを感じ、口には出さずとも、これからもお互い思いやりの気持ちを内面に持って、頑張っていきたいと深く思った。

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暮れも押し詰まったこの時期にインフルエンザに繋ってしまい、いくつものブログネタがあったのに更新できずに残念でした。
また、皆さんのブログを訪問するのも間が開いてしまいました。

今年のアップロードはこれが最後になるかと思います。
今年一年、皆さんのブログを訪問させて頂き、また私の拙いブログに飽きずにコメントを頂いて、本当にありがとうございました。

この正月は喪中のため、新年のご挨拶は控えさせて頂きますが、良いお年を元気でお迎え下さい。  そして、来年も皆様とご家族様にとって、良い年でありますことをお祈りいたします。

Photo 風邪で外出もままならず、写真の撮影も出来ないため、いつもブログを開いている、私の書斎の散らかしたままのデスクを写してみました。
来年もこのデスクから、皆さんと一緒に、ブログライフを楽しみたいと思います。
来年もどうぞお付き合いいただきますよう、宜しくお願いいたします。

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2008年12月20日 (土)

年末恒例”松の剪定”

今日は、毎年年末に行う ”松の剪定”と”庭木の刈り込み” を行った。

今日の気温は15℃前後と冬日和と言うよりは、春のように暖かかった。
昨日、半日掛けて松の剪定を途中までやっていたので、庭木の刈り込みも含めて一日で作業は終了できた。

Img_1823_4例年脚立を立てて松の剪定をしていると、通り掛かりの人からお声が掛かる。
今日も、一番多かったのは「落ちないよう気をつけてくださいよ」だったが、中には「私の友人は2人も脚立から落ちて亡くなった」などと脅かす人もいた。
でも、気にして注意してくれるのは有り難い。

また、「そんなに植木を綺麗にするのは止めてよ」と、通り掛かりのゴルフ仲間からクレームもあった。 理由を聞くと「○○(私)さんを見習いなさいよ」と、いつも奥さんから言われているそうで、「また女房から同じ文句を言われそうだよ」と言う事だった。
「私は奥さんの味方だから、大いに綺麗にしますよ」といったら、笑いながら帰っていった。

松の剪定の他に、コニファー/スカイロケットや生垣の紅かなめ、金木犀などの庭木の刈り込みも済ませ、年末の予定作業の一つが終わって、ホットした。

       -・-・-・-・-・-・-・-・-

毎年松の剪定の記事をアップロードしているので、年末が近づくと、「松の剪定方法」という検索ワードで、私のブログを訪れる人が多くなる。
自分で松の剪定をしたいが、その方法を調べたい・・ということだと思う。
ただ、私は剪定のノーハウをブログに記述するほどの技術も無く、剪定したことだけを書いているだけだが、松の剪定をご自分でやろうとしている人が大勢居ることだけは確かなようだ

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2008年12月18日 (木)

カニのお呼ばれ

今夜は、息子一家から夕食のご招待があった。

息子の嫁のAちゃんの北海道の実家から、カニが沢山送られてきたので、ご一緒に・・・ということだった。
行ったら、テーブルにタラバガニの太い足が7~8本ドンと・・・

2 2_2 こんな立派なカニにお目にかかるのは久しぶりで、早速ほおばるようにご馳走になった。
半分以上食べてから、思いついて写真をパチリ。
足2本を食べたら、お腹が一杯になった。 もう当分カニは要らないという感じだった。
そして食べ終わってから、自分の食べた殻を記念にパチリ。

カニだけでお腹が一杯になったのに、Aちゃんが別に料理し用意してくれた「白菜の酒蒸し」も美味しくて、箸が止まらず・・・
今夜は、お腹がパンパンになるまでご馳走になった。

カニも美味しかったが、Aちゃん、お料理の腕が随分上達したものだと夫婦で感心した。

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2008年12月13日 (土)

「変」

今年の漢字が 「変」 に決まったそうだ。

オバマ米次期大統領の標語となった「CHANGE」もあったが、世界的に「変」が多い年だった。
世界経済の「急降下」、ガソリン価格の「乱高下」など、いろいろな「変」があった。
日本の政界でも、無責任な首相交代などの「変」もあった。

この「変」が、明るい方向への変化なら良いのだが、どれを見ても暗い方向への変化である。
特に世界的な景気の急降下は、この暮れになって日本にも直接影響が出てきた。
派遣労働者の解雇の問題は、深刻だ。

世界的な金融危機の問題は、米国のサブプライムローンに端を発する。
日本の数年前の銀行の不良債権問題の際は、米国は自国への影響を恐れ、議会を挙げて細かな部分まで指摘して改善を迫ってきた。
翻って、今の米国が、この世界的金融情勢の変動問題に対して、自らの改善対策に議会を挙げて必死になって取り組んでいるだろうか。 否と感じる。
今日の新聞報道でも、米自動車大手ビッグスリーに対する資金援助法案が上院で審議打ち切りとなった。
素人考えだが、米国の金融危機は更に悪化して、そうなると日本への跳ね返りは更に大きくなるであろう。

「イラク戦争を始めた判断は間違いだった」などと人事のように述べたり、この金融危機に何らリーダーシップを発揮できないブッシュの悪政が早く終わって、新しいオバマ大統領への「変」が、世界を良い方向へ変革できることを期待したい。

そして来年は、オバマ氏が言う 「YES WE CAN」  という言葉を信じて、世界中が良い方向に「変革」して欲しいものだ。

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2008年11月30日 (日)

小さな庭の晩秋

この所、朝晩はめっきり冷え込んで、晩秋から初冬へと季節が進んでいる。

朝起きて、各部屋のカーテンを開け歩き、外に出て郵便受けから新聞を取るのが私の朝のパターンである。
外に出たついでに、庭の花や実のついた木を眺めては、季節の移り変わりを感じている。
小さな狭い庭でも、春夏秋冬を感じられるのである。

Photo_2 Photo_3 最近は朝、外に出ると、冷え冷えとした空気に身が引き締まる。
そして、今の時期、「千両」の黄色い実が朝陽を浴びて鮮やかに輝いて美しい。
千両の隣の「万両」も、葉の下に隠れるようについた実が、赤くなり始めた。

毎年のこと、朝の冷たい空気を感じながら、この千両、万両の実を見ると、秋の深まりをしみじみと感じるのである。

   -・-・-・-・-・-・-・-

Photo_2 今年は、庭の柑橘が珍しく10個ほど実を付けた。
6~7年前に植木屋さんが植えていったもので、この柑橘の名前は知らない。 夏みかんの大きさだが冬になるとみかん色に熟す。 ハッサクか伊予柑の一種かと思われる。

昨年も数個実を付けたが、それ以前の数年は全然実が付かなかった。
皮肉なことに、剪定するのを止めたら実が付き始めたので、剪定の時期や剪定の仕方が間違っていたのだろう。
今朝も、そんなことを思いながら、新聞片手にこの柑橘の実を眺めた。

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2008年11月21日 (金)

身近な紅葉

ここ2~3日、朝晩の冷え込みが厳しくなってきて、晩秋から初冬へと季節は変わり始めた。

紅葉も終盤になってきたが、奥入瀬や京都や定山渓などの紅葉名所へ行かずとも、我が家近辺の身近でも紅葉は楽しめた。

    ↓ 窓越しの紅葉             ↓ 目の前の公園の紅葉
Photo_5Photo_6朝起きて2Fの寝室の窓のカーテンを開けると、手に取るような目の前に、見事な紅葉が見える。
我が家の脇の道路の歩道両脇は、ポプラの木に似た「ユリの木」と「銀木犀」が交互に植えられた並木道になっている。
このユリの木は、夏は青々として日影を作ってくれ、秋には黄葉して目を楽しませてくれる。 窓越しに見えるのは、このユリの木の黄葉である。

    ↓ ユリの木の黄葉並木       ↓ 桜並木の紅葉トンネル
Photo_7Photo_8 このユリの木の大きな葉は落葉して道路を埋めるので、今頃の時期になると市では枝下しを行う。 先日外出先から帰宅したら、枝下しが始まっていたので、枝を切られる前にあわてて並木道を写真に収めた。
このユリの木の並木道の延長した先は桜並木になっていて、春は桜花、秋には紅葉のトンネルとなって、実に風情ある景色を醸し出す。

また、我が家の前にある公園の楓や、欅や、桜も紅葉して、夏とは違う秋の風景に様変わりする。

注意して周りを見渡せば、紅葉名所に足を伸ばさなくとも、身近で美しい紅葉を楽しめる。

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2008年11月17日 (月)

芋掘り娘・忘年会

昨日、恒例になった「芋掘り娘」が我が家に集合した。

会社時代にお世話になった女性たちが、夏の「じゃがいも堀り」と、秋の「さつま芋堀り」に、我が家庭菜園にやってくる。 この女性たちを私は「芋掘り娘」と呼んでいる。
今年はさつま芋が不作でさつま芋堀りが出来なくなり、代わりに白菜など「秋の野菜狩り」を・・ということになった。

PhotoPhoto_2 天気は生憎、雨後の曇り空だった。
畑で夫々好き好きに野菜を収穫し、我が家に持ち帰ってガレッジで、お持ち帰りの野菜を等分に分けた。
収穫した野菜は、「白菜」「キャベツ」「長ネギ」「ほうれん草」「食彩」「小松菜」の他、収穫して土に埋めておいた「里芋」などだった。
白菜は丁度大きく育っていて1個4.5kgもあった。
分配が終わって、各自のお持ち帰り野菜を測ったら、一人8.5~9.0kgもあった。
彼女達は重くなることを承知して用意周到、キャスター付きのバッグを持参していた。

Photo_3Photo_4 野菜狩りが終わったら、皆で夕食の準備で、餃子を作った。
夕食のメーンは、白菜鍋。  さっき採ったばかりの白菜を鍋に入れて皆でつついた。
白菜鍋をつつきながら話もはずみ、ビールやワインもすすんだ。

夕食後は、これも恒例となった「カードゲーム」に興じた。 芋掘り娘達は、賞品まで用意していた。

夜も更け名残は尽きなかったが、芋掘り娘達は、キャスター付きバッグをガラガラと引きながら帰っていった。

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2008年11月11日 (火)

乗鞍・上高地 スケッチ旅行

11月8日~10日の3日間、信州に画友5人でスケッチに行ってきた。

Photo目的地は、中央道を経由して長野道から、乗鞍岳へ。
早朝出発して中央高速を走っていたら、八ケ岳が全容を見せていた。  急遽予定を変更して高速を降り、須玉辺りでイーゼルを立てて、八ケ岳を一枚描いた。  後方には、甲斐駒ヶ岳も、その異様な姿を見せてくれた。

夕方八ケ岳を後にして、乗鞍に着いたときには薄暮の中、乗鞍岳がくっきりと見えて感激した。 宿泊は2連泊で「のりくらの宿 舞」。 部屋も綺麗で、食事も美味しい、唐松林の中の温泉ホテルだった。

Photo_2 翌日は、朝8時前にホテルを出て、乗鞍高原へ。 唐松や白樺の紅葉が見事で、美しい晩秋の景色にため息が出るほどだった。 一の瀬牧場辺りに車を止めて、乗鞍岳がまだ顔を見せてくれているうちにと、午前中に一枚描いた。  午後になって、乗鞍岳に雲が掛かって顔を隠してしまったので、辺りの見事に紅葉した唐松林を更に一枚描いた。
標高1500m以上と思われる場所だったので、気温は低く風も冷たかった。  かじかむ手に手袋をして、息を吹きかけながら描いた。

Photo_3Photo_4 3日目は、どこを描くか未定だった。 上高地に寄るか、安曇野にするか考えたが、天候を考えて上高地に行くことにした。 上高地は5日後の15日に道路閉鎖となるそうで、滑り込みセーフだった。
車からタクシーに乗り継いで上高地に着いたら、穂高連峰や焼岳がくっきりと手に取るような近さで見えたのには大感激だった。  何度か訪れた上高地だが、こんなに山々がその全容をあからさまに見せてくれたのは初めてだった。
5人夫々、穂高連峰を描いたり、焼岳を描いたりした。  私は皆からチョット離れて大正池の中洲に入って、焼岳を描こうとイーゼルを立てキャンバスを広げた。
お昼過ぎまで描いたが、その寒さは尋常ではなく、我慢できずに道具をたたんだ。 絵は中途半端だったがスケッチはしっかりとった。

帰りは、長野道→信越道を利用して帰ってきた。
今回のスケッチ旅行は、天気は毎日曇り空で寒かったが、訪れた夫々の山々はその全容を見せてくれたし、晩秋の紅葉も見事で、見ごたえのある景色を4枚も描くことが出来た。
これらの絵は、是非完成まで進めたいと思っている。

     < 写真をクリックすると、拡大画面で見られます >

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2008年11月 7日 (金)

甲州百匁柿

甲府の友人が、渋柿の 「甲州百匁柿」 を送ってくれた。

Photo_2 一年前の中学校の同級会の際、同級生のS君と干し柿の話になり、干し柿が好きだと話したら、彼の奥さんの実家に大きな百匁柿の木があるので、来年は送るよ・・とのことだった。

そして、それを忘れずに、しかも購入して送ってくれたもので、一つで350~400gもある巨大で立派な柿だった。
どうせ送るなら立派なものを・・という配慮だったそうだ。
百匁柿はすごく高価なものなので恐縮している。

Photo_5Photo_6 早速、皮むきで皮をむいた。 手のひらに入らないほどの大きさに、驚きながら皮をむいた。
そして、熱湯殺菌してから、庇の物干し竿にぶら下げた。   
約、20~30日ぶら下げて風を当てて乾燥する。

昨年までは、ここで完成としていたが、お店で売っている干し柿は、白い粉がふいているのに比べ、自作のものは黒っぽい。
どうすればこのようになるのかネットで調べたら、粉付けという工程があった。
それは、乾燥後、密閉容器に2~3日入れてから、再度干すと、果糖が白い粉になるそうだ。

旧友に感謝すると共に、年末に美味しい干し柿が出来上がるのが楽しみだ。

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2008年10月30日 (木)

孫のお宮参り

今日は大安。  孫の 「お宮参り」 に同行した。

Photo_2 長男の第一子は8月13日生まれ、本来なら誕生約一ヵ月後がお宮参りだが、延び延びになって今日がお宮参りとなった。

Photo_3 参拝した神社は「大宮氷川神社」。
先ずは、氷川神社近くの行きつけの写真館で記念撮影した。
孫は、慣れないスタジオの雰囲気に、大声で泣き始めてなかなか泣き止まなかったが、無事に撮影を済ませた。

Photo_5 記念撮影のあとは、氷川神社へ。
今日は平日なのに、七五三が近いこともあって、多くの家族で賑わっていた。
本殿での、お払いや祝詞をあげてもらう儀式は30分ごとに行われるが、本殿の椅子は満席だった。

一同で、二拝ニ拍子一拝をし、孫の今後の無事な成長を祈願した。

-・-・-・-・-・-・-・-

2日後の、11月1日には、今度は長女の子供の女児の孫が7歳となり、七五三で、再度この写真館で記念撮影して、氷川神社に参拝することになっている。

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2008年10月12日 (日)

ニジマス釣りと忍野富士

昨日11日(土)、”ニジマス釣り”と”忍野富士”を楽しんだ。

Img_1266 娘夫婦に誘われて、孫二人を含む6人、朝5時半に家を出発して、7時到着~夕方4時まで久しぶりの釣りをたっぷり楽しんだ。

場所は、山梨県都留市にある”Fish-on 鹿留”。
水清らかな渓流に放流されたニジマスを、いくらを餌にして釣った。
一日の釣果は、ニジマス、ヤマメ、ヒメマスなど35匹。

昼は、持参した肉や、釣った魚を焼いてのバーバキュー・・・

Img_1276Img_1283 帰りは山中湖近くの”忍野八海”まで足を伸ばした。
途中真正面に、裾野まで見える、でっかい逆光富士のシルエットが迫って見えて感激した。

また、「忍野富士」と呼ばれ、一番富士山が美しく見える場所と言われる忍野からは、夕焼けに染まる”逆光赤富士”が手に取るような近さで眺められた。

ニジマスも大漁だったし、美しい逆光忍野富士も見え、秋空の下、清清しく楽しい一日だった。

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2008年10月10日 (金)

木犀の香り

このところすっかり秋めいて、朝などは肌寒いくらいの気持ちよい季節となった。

Photo_2  ← 銀木犀

我が家の脇は通学路になっている歩道があって、その歩道は銀木犀の並木になっている。
一週間ほど前から、朝、その歩道側の窓を空けると、突然「銀木犀」のすがすがしい香りが飛び込んできて、何とも言えぬ気持ち良い朝を迎えている。

Photo_3

← 金木犀

その銀木犀の香りが薄くなり始めた一昨日辺りからは、今度は我が家の庭に植えてある「金木犀」が香り始めた。
今度は金木犀の香りを期待して、朝、庭側の窓を開けるのが楽しみになった。

ひんやりした初秋の朝の空気と、この銀木犀や金木犀の香りとは、とてもよくマッチしていて、この時期は清清しくてとても好きだ。

     窓開ける 手が止まる香や 金木犀
                       - スロー人 -

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2008年9月28日 (日)

母の77日忌法要

今日、母が死亡して77日忌(49日)の法要を行い、納骨を済ませた。

母が亡くなって、もうそんなに時が過ぎたのである。
その間に、家族の心の痛手も徐々に薄れて、今日を迎えることが出来た。

お寺の住職が読経の後に話してくれたお話が、深く心に響いた。

・・・・ 亡くなったお母さんを供養するというのは、お寺へ来て墓参りをすることだけではない。  日々、残された家族が、お母さんが喜んでくれることをして暮らす事です。
健康で、楽しく、仲良く日々を過ごす事をお母さんは望んでいるはずだ。
喜んでくれるように過ごすことが、一番の供養なのです。
目には見えないけれど、耳には聞こえないけれど、お母さんは必ず皆さんを見守っています・・・・ と。

そんな話をして頂いて、心が安らいだ気持ちになった。
そして、これからも家族一同で、お話のように過ごして行こうと改めて思った。

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

母が亡くなったのは8月16日、その3日前の13日に長男の第一子が生まれた。 我々にとっては3人目の孫だが、初めての内孫である。
今月25日にその孫と長男の嫁が、出産後初めて帰省先の北海道から帰ってきた。 今日28日の母の49日法要の3日前であった。  何か因縁を感じる。

そして・・初めて顔をあわせた孫は、実に可愛い。 手放しに可愛い。 
今日は、3人の孫とその家族一同が我が家に集まって、夜まで楽しい時間を過ごした。
母のいい供養になったと思う。

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2008年9月17日 (水)

しばらくの独身生活

妻は毎年この時期になると、実姉の嫁ぎ先の長野/坂城に行く。 ぶどう(巨峰)の出荷が大忙しで、朝から晩まで働く姉を見ていられない・・と、手伝いに行くのである。 嗚呼、何とも優しい姉妹愛・・
そして約一週間x2度は家を留守にする。

その間、私は独身生活となって、炊事・洗濯・掃除に加え、今年からは愛犬フランの世話も加わった総ての家の切り盛りをする羽目になる。

今日の独身生活記録・・・

朝起きて、歯磨き・顔洗い、全室のカーテン開け歩き・・までは通常通り。
フランのご機嫌伺いのあとフランの食事を用意。
自分の食事仕度。(因みに今日は、ハムエッグとベーコン入り野菜炒めをつくり、牛乳に食パン)

サット新聞に目を通して、9:20、畑に・・・(秋野菜用の土作りが気になっていたが、日程的に今日しか時間がない)
畑では、トマト棚の解体や、茄子などを撤去した。 撤去跡や地這キューリの跡地などに、苦土石灰を撒いて耕運機で耕した。 
午前中はもっと作業できる予定だったが、解体作業と解体物の整理に時間をとられ、12:30になったのでフランが心配で一時帰宅。

帰宅後、フランを遊ばせて牛乳を飲ませた。 畑で汗グッショリになっていたのでシャワーを浴びて、昼食用意。  と言っても、釜に残っていた昨夜のご飯でお茶漬け。 おかずは冷蔵庫を覗いて佃煮や漬物や海苔などで簡単に済ませた。・・チョット侘びしい。

午後2時からまた畑へ・・・ 途中で秋野菜の種を購入。  自分で作った白菜苗が植え頃に成長したので持参して定植。  数えたら、戴いて定植済みの苗と合わせて、70苗が定植された。

その後、午前中の続きの作業で、秋野菜用のベッドつくり。 ベッドには、有機化成肥料・完熟堆肥・油粕をばら撒いて、再度耕運機で耕した。  ベッドは全部で7畝出来た。

最近はグット陽が短くなって、薄暗くなり始めたので時計を見たら5:30・・。 とても種を蒔く時間はなく、道具を片付けて帰宅し、直ぐにフランを散歩に・・。
散歩から帰ってフランに食事を与えてから、やっとシャワーを浴びて人心地が付いた。
それから夕食の仕度(簡単にカレーライス)をしながら、洗濯機を廻して洗濯。
食事後洗濯物を干して、やっと今日の仕事が終了したのは8:30だった。

イヤハヤ・・妻の優しい姉妹愛のとばっちりを受けて、多忙で前途多難な私である。

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2008年9月13日 (土)

埼玉スタジアムへ

浦和レッズの試合のチケットを戴いたので、妻と赤いシャツを着て、埼玉スタジアムに応援に行ってきた。

Photo_2 試合は2時からだというのに、12時過ぎにはスタジアムまで5km位の辺りは、赤いユニフォームの人が自転車や徒歩やバスや車や電車などで集まり始めていて、何処からこんなに集まるのだろうという雰囲気になっていた。
家族ずれも沢山いて、いい雰囲気である。
電光掲示板には、観客4万8千人と掲示されていた。

Photo_3 試合の相手は「大分トリニータ」・・・レッズの苦手な相手である。
案の定、試合は押され気味で進み、結果は引き分け・・・
勝てなくて残念・・・というよりも、相手のシュートが2本もゴールのポールに当って跳ね返るラッキーがあっての、負けなくて良かった・・・という試合だった。

Photo_4 今日は、試合も然ることながら、レッズの応援を見るのが楽しみだった。
見事に統一され、天まで響き、大地を揺るがすような応援に、圧倒された。
あんなに大勢の応援であんなに統一されているのは、どこで練習しているのか不思議である。
レッズの応援は、味方選手であっても永井や高原の鈍い動きにはブーイングを浴びせ、選手交代をさせてしまった。

試合よりも、応援団を応援して満足した一日だった。

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2008年8月20日 (水)

母 逝く

母が逝ってしまいました。  享年 90歳でした。

個展開催中の6日目の16日、前日から危険な状態でしたが、私はまだ大丈夫と個展会場に顔を出していました。 途中で呼び出しがあって病院に駆けつけました。 そして私の到着を待っていてくれたかのように息を引き取りました。
18日の通夜、19日の告別式と慌しく一通りの儀式を終えました。

私が3歳の時に父は病を得て入院し、10歳の時に他界した関係で、実質私は3歳の時から母の手一つで育てられました。 兄弟もなかったたため、母一人子一人でした。
戦中、戦後の混乱期に、私を育ててくれた母には、どんなに感謝しても感謝しきれない思いです。
そして今日まで、私達親子を暖かく励まし支援してくれた親戚や周囲の方々にも、感謝の気持ちで一杯です。

こんなことを書いていると、母の想い出やそして悲しみが湧き出して、思わず涙が溢れてきます。 いい年をして、だらしないと思いながらもどうしようもありません。

12年ほど前から、母は認知症となり、家族の手に負えない状態になったため老健施設に預かってもらっていました。 5~6年ほど前からは、家族や私さえも認識できなくなって、逢いに行っても他人行儀な丁寧言葉や挨拶となり、2~3年前からはそれさえも出来なくなって、孤独の世界を瞑想するかのようで、ほとんど言葉さえ聞けなくなりました。
長い間苦労をかけて、これからというときになってこんな状態になってしまったことが無念でなりませんでした。

母が施設に入ってからは、孫娘が結婚し、2人の曾孫も出来ました。 自宅も新しく建て直し、孫息子も結婚して、逝く3日前にはその孫息子にも第一子が生まれました。
こんな我が家のめでたい出来事を一緒に喜ぶことも出来ずに、苦労ばかりで逝ってしまった母・・・。 母のためにと一部屋だけ設けた和室に、初めて帰ってきたのは亡くなってからでした。 残念で、残念でなりません。

母が息を引き取る時、遠くで ”ツクツクボウシ” の蝉の鳴く声が聞こえていました。

 「 つくつくと 法師蝉鳴き 母は逝く 」  スロー人

-----個展の最終報告や、励ましていただいた御礼など、アップロードする心算ですが、遅れてしまっていることをお許し下さい。-----

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2008年7月24日 (木)

ブログ開設二周年

ブログを見様見真似で開設してから、今日で丸2年が経った。

最初はブログとは何か?・・からだったが、やっとこの頃はブログにも慣れてきた。
ブログ友達にも恵まれて、コメントを通じて楽しく交流したり、勉強させてもらったりしている。
参考にさせてもらって、実生活に役立てることも度々である。

ココログのアクセス解析データ」によると、私のブログ「60の手習い」へのアクセス数は、累計で5万8千余となり、特に最近はアクセス数が増えて、最近4ヶ月の一日辺りの平均は、120アクセス になっているそうだ。

定年退職後のスローライフの私生活や、油絵、家庭菜園などの趣味を中心に記事にして更新しているが、極ありふれた内容でもあり、また、つたない文章であるが、大勢の方が読んでくれていることを思うと、滅多なことは書けないぞ・・、と思う。

ブログを更新したり、ブログ友達のページを読ませてもらったりは、今では生活パターンの一部になって、生活に張りを持たせてくれている。
これからも張りのある生活を継続するためにも、そしてボケ防止のためにも、楽しくブログライフを続けていこうと思う。

ブログ友達の皆様には、これからもお付き合い頂きます様、宜しくお願いいたします。

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2008年7月12日 (土)

紫陽花七色変化

暑い! 今日の暑さは真夏並みである。
自分勝手に判断すれば、もう梅雨は明けたのでは・・と思う。

こんな暑さなのに、我が家の玄関脇の紫陽花は、枯れることなく、花の色を次々に変化させて、咲き続けている。

     ↓真っ白に薄ピンク            ↓薄緑に赤紫
Photo Photo_26月中旬までは、全部が真っ白だったのに、薄ピンク、薄紫、赤紫から緑・・と変化していく。
今は、一本の樹に、これらの様々な色の花が見られる。

     ↓薄緑に薄紫                 ↓緑一色
Photo_3 Photo_4 樹の中ほどの日当たりの良い部分は、白や薄ピンクや薄紫が多く見られ、他の木の葉っぱの日陰になる部分は、緑色の花が多く見られる。

この紫陽花は、真冬まで花が枯れ落ちることはなく、初冬の寒さの中でも、花の色を緑一色に変えて咲き続ける、健気で珍しい紫陽花である。

  < 写真をクリックすると拡大画面になります >

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2008年7月 2日 (水)

富良野からメロンが・・

今年もまた、富良野からのメロンが届いた。

長男の嫁Aちゃんの富良野の実家から、毎年この時期になると美味しいメロンが届く。
梱包の蓋を開くと、大きいメロンが3個も入っていて、甘いメロンの香りが部屋中に漂った。

Photo Photo_2 本来なら一日冷蔵庫で冷やしてからだが、待ちきれずに一個を切って早速戴いた。
丁度いい具合に熟れていて、ほど良い甘さと香りが素晴らしい。

一個は娘の家族に届けよう。
二人の孫は、このメロンが大好物だ。

こんなに美味しいメロンを毎年送ってもらい、Aちゃんの実家のご両親には、本当に感謝、感謝である。

ー・-・-・-・-・-・-・-

余談だが・・・・
丁度、Aちゃんは8月の出産を富良野の実家で迎えるために、一週間ほど前から帰省中である。
Aちゃんを送って行った息子は昨日帰ってきて、こんなにおいしいメロンを、たらふくご馳走になってきたそうだ。
こんなに美味しいメロンや、沢山の海の幸が食べられる北海道が本当に羨ましい。
Aちゃんが、元気な赤ちゃんを無事出産して帰ってくるのを願っている。

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2008年6月29日 (日)

芋掘り出来ない芋掘り娘

この時期、いつもジャガイモ堀りに我が菜園を訪れる芋掘り娘」 たち、4人がやってきた。

会社勤務時代にお世話になった若き女性たちで、年2回ほど芋掘りの時期にやってきて菜園での収穫や、妻の料理を楽しんだり、陶芸や絵手紙やゲームなどをして一日中遊んで行く。
この女性たちを私は「芋掘り娘」と呼んで、妻と二人で歓迎している。

天気の良い日を選ぶように言ってあったのに、今日は生憎の強い雨天だった。
こんなに雨が降ると、芋掘りなどすると泥まみれになってしまうだろうと、天気予報を見て昨日予めジャガイモは掘っておいた。 他の野菜も収穫しておいた。

でも、折角来たので畑見物だけでもと、傘と長靴で畑へ出かけた。
流石に芋掘りは出来なかったが、キューリ、なす、サンチュー、大葉、明日葉などは収穫できた。

      ↓ 絵手紙描き                  ↓ カード遊び
Photo_7 Photo_8 帰宅後は、お喋りしながら昼食をしたり、トイプードルのフランと遊んだり、絵手紙を描いたり、カードをしたり大騒ぎだった。
絵手紙の題材は、今日収穫した野菜たち・・・
遊んでいたら、時間の経つのを忘れ、結局夕食も共にして、また遊んだ。

9時過ぎの帰宅時には、今日の収穫の他に、ズッキーニ、大根、いんげんなども分配して、お土産に持ち帰った。
一人約8kgの野菜だった。 さぞや重かったことだと思う。

秋のさつま芋や、一年後のジャガイモの収穫の際の再会が楽しみだ。

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2008年6月17日 (火)

紫陽花の季節

空梅雨のような晴天の続くこの頃ですが、空模様に関係なく、この時期になるとあちこちで紫陽花を見かけます。

我が家でも、2種類の色の紫陽花が咲きました。

Photo 玄関脇に咲く、紫色の紫陽花です。
最初は小さな樹だったのに、3~4年経った今は、こんなに大きくなって、小さなスペースに我が物顔で咲いています。
花の一つ一つは大きくはないけれど、いっぱい咲くと綺麗です。

Photo_2 門扉の近くに咲く、白い紫陽花です。
3年ほど前に、妻が友達の家から切花で戴いたものを、珍しいと言って挿し木にして育てたものです。
これも年毎に大きくなって、今ではフェンスの外まで顔を出して、歩道からも見えるように咲いています。

しとしとと雨が降れば、なお更、紫陽花が綺麗に見えます。
梅雨の雨はじとじとしてイヤだけれど、紫陽花を綺麗に見せるには梅雨の雨も許せます。

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2008年5月 1日 (木)

聖火リレーの意義

大騒せな北京オリンピックの聖火は世界中を廻って、やっと中国々内へ戻った。

日本での聖火リレーも、何とか形だけは次国の韓国に引き継がれた。 しかし、なんとも、もやもやした聖火リレーだった。
聖火は約100人の警察官にガードされて進み、一般の人はほとんど直接聖火を見られなかった。
聖火ランナーの両脇で伴走した二人の水色のジャージを着た中国人伴奏者は、いかにも目障りだった。
伴奏するにしても、もっと後ろか両端を走るなど、目立たない裏方で伴走できなかっただろうか。

沿道を埋め尽くして林立した大小の赤い中国々旗には辟易した。 中国は中国人留学生の自主的行動だと言っているが、国を挙げての組織された動員だった事は明らかだ。
もし、日本人が中国で日の丸を林立させて同じような行動をとったら、彼らはどう感じるだろうか。  とても日本人のように傍観してはいないだろう。

聖火リレーが通過するどの国でも、中国のチベット問題の対応に疑問を感じて反対行動が起こっているのに、「内政問題だ」として強気の中国に、海外の激しい批判が起こるのは当然である。
そもそも、オリンピックを通じて国威を発揚すると言う中国だが、聖火リレーを通じて中国の抱える問題を、世界中にリレーでPRしているようなものだ。

北京オリンピックには、「チベット弾圧」問題の他にも、環境汚染の問題や汚染食料問題や観戦マナーなど、いろいろな問題がある。

こんなにしてまで聖火リレーをする必要があるのか疑問に思うと共に、聖火リレーの意義は何なのか考えさせられた。

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2008年4月27日 (日)

今年も咲いたナニワイバラ

我が家の南側フェンスには、ナニワイバラが垣根となって植えてある。

このナニワイバラは、毎年この時期になると綺麗な白い花をいっぱい付けて咲く。
Img_0460 Img_0450 見た目にはこんなに綺麗なバラなのに、棘がいっぱいあって、剪定の時にはいつも痛い思いをする。
でも、剪定を怠ると蔓勢の旺盛なこのばらの蔓ははグングン伸びて、考えられないほどの勢いで他の木などにまき付いて伸びていく。

去年はこのバラを見て道を通る何人かが、このバラを欲しい言うので枝を切って差し上げた。
挿し木をした方のお宅では今年、ナニワイバラが咲いただろうか。

-・-・-・-・-・-・-・-

Img_0451 春は本番となって、小さな我が家の庭にも、いろいろな花が一斉に咲き始めた。

しゃくなげは満開となり、クレマチスは蕾をいっぱい付けている。
君子蘭の花は、ボツボツ終わりのようだ。

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2008年4月23日 (水)

筍(たけのこ)

今日畑に居たら、私が菜園の土地を借りている娘婿の実家からお茶に誘われた。

お茶を頂きながら話をしている内に、私が筍が大好物なのを知っていて、筍をあげるから自分の竹やぶに採りに行こうと誘われた。
私は喜んで、筍狩りに同伴した。

Img_0440_2 竹やぶには、ニョキニョキといっぱい筍が頭を出していた。
筍を掘るのは難儀だが、次々と採ってくれた。

←もう十分だから・・と言っても、次々と掘り出して、こんなに沢山の筍を頂いた。  とても食べきれる量ではないので、ご近所や知人に配った。

Img_0442今夜は早速、「筍ご飯」と「筍の刺身」にして頂いた。
←「筍の刺身」は、筍を湯がいた後、上のとがった柔らかい部分をマヨネーズを付けて食べるもので、ビールのつまみには最高だ。
畑で取れたスナックエンドウと一緒につまみにした。

-・-・-・- 筍(たけのこ)のこと -・-・-・-

筍は、「竹に旬」と書く。 「旬」とは、月の上旬、中旬、下旬というように、10日間くらいを意味するらしい。
つまり、筍の旬は10日間くらいで終わってしまうということか。
しかし一説には、筍の成長は早いので、筍である期間は10日程で終わってしまい、後は竹になってしまうと言う説もある。
いずれにしても10日間が関係している。

筍は、食物繊維を多く含んでいて、便秘予防や大腸ガンの予防にもなるそうだ。
また、低カロリーなので、ダイエットにも良いらしい。
さらに、グリーンアスパラにも含まれるアスパラギン酸を含んでいて、疲労回復にも効用があるという。

今年も春の短い旬の「筍」を大いに食べて「破竹の勢い」で元気に生活したいものだ。
「やぶへび」にならないうちに、筍のうんちくはこの辺で・・・。

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2008年4月 5日 (土)

2回目のお花見

今年の桜は長持ちしていて、先週末に続いて今週末もお花見で賑わった。

Photo 先週は桜の下で弁当を広げるお花見をした。
息子夫婦と、息子のお嫁さんのお母さんとお姉さんが北海道から来られて、丁度一緒にお花見が出来た。
天気も良くて、2時間ほど桜見物を兼ねて散策した。

Photo_2 2~3日前には、強風や雨だったのに、桜は良くぞこらえて花を散らさなかった。
名残惜しくて、今日も散策しながら近所の桜を見て回った。  二週連続のお花見・・
Photo_5 散らずに残っていた花びらがはらはらと舞って、先週とはチョット違う趣のお花見だった。
見事な桜のトンネルをくぐったり、桜の花びらの絨毯の上を歩いたりした。

Photo_4 ←我が家の前の公園の桜も、まだ3~4日は見られそうだ。
桜の木は、案外早く大きくなるもので、30年近くでこんなに見事な花を見せてくれるようになった。

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2008年3月23日 (日)

ジャズ ♪

NHKのTVを観ていたら、「綾戸智恵コンサート/原信夫とシャープ&フラッツ共演」の予告をしていた。

”綾戸智恵”よりも”原信夫と♯&♭”が懐かしくて観てようと思った。  まだ若かった頃”原信夫と♯&♭”は、よく聞いていたものだった。

ー・-・-・-・-・-・-・-
最近はジャズをTVやラジオなどでめっきり耳にしなくなった。
タンゴやウエスタンやハワイアンなどもそうである。
「なつかしの・・・・」と銘打って、グループサンズやフォークを放映するが、現代風に構成されたりアレンジされていて、いまいち懐かしさに欠けていて100%満足できなかった。
ー・-・-・-・-・-・-・-

Photo_4 そしてこの番組を観たが、たいへん面白くて楽しめた。
綾戸智恵は時々TVで見た事があるが、シンガーと言うよりもお喋りなお笑い系の人という感じがして好感がもてなかった。  しかし、このTVを観て、バリバリのジャズシンガーだったのを知った。
Photo_5  歌も、♯&♭との息がピッタリで、とてもよかった。
原信夫と♯&♭も、昔と変わらない音楽を継続して、懐かしく聞いた。

バンジョウで演奏するカントリーウエスタンも大好きでレコードは持っているが、レコードプレーヤーが無くなってしまい、最近家でも聞いていない。
バンジョウでのウエスタンなど、アメリカでも廃れてしまっているのだろうか。
NHKも、こんな懐かしい♪番組を企画してくれると、嬉しいのにと思う。

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2008年3月15日 (土)

春到来

昨日は雨で寒かったが、今日は暖かくて本格的な春の到来を感じさせる一日だった。  こんなふうに、三寒四温を繰り返しながらも、春は確実にやって来た。

春になったので、家に中に入れておいたシンビジュームや、君子蘭などをウッドデッキに出した。

Img_0248 →玄関脇右側の小さなスペースに、枕木を敷いて、お花の鉢を置けるようにした。
取り敢えず、今ある鉢を置いてみたが、これから春の花をこれらの鉢に植えつける。
ここには、一昨年鉢植えで買って来た水仙を植えておいたが、昨年から花を咲かせるようになった。

Photo_3 ←玄関脇左側のスペースには、沈丁花や紫陽花が植えてある。
沈丁花の花は盛りを過ぎたが、朝、新聞を取りに玄関ドアーを開けるたびに、強烈な香りを漂わせている。
紫陽花にも新芽が出始めた。


庭の芍薬の蕾も大きくなった。
クリスマスローズは満開だ。
庭の植物たちも、春の気配を敏感に感じているのだろう。

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2008年2月25日 (月)

式根島からのメール

昨日、伊豆七島の式根島(←クリック)に住む友達からメールが来た。

彼は会社時代の同期仲間で、会社を退職後、奥さんと二人で式根島に移住した異色の友達である。
以前から、遊びに来いと誘われているが、なかなか機会も無く延び延びになっている。

メールは、今夜のTV「田舎に泊まろう」という番組で、式根島が紹介されるから夫婦で観てみろ・・と言うことだった。
私達がなかなか行かないものだから、「相当田舎だと思込んでいるんでは・・、電気も水もちゃんとあるのを確認しろ・・」と言うことらしかった。
確認したら、安心して遊びに来い・・とも書かれてあった。

そこで、このTVを夫婦で観た。  初めてみる番組だ。
そして、小さいと思っていた式根島が、結構拓けていることを知った。  人口600人もいて、景色も良く人は人情味もある、住みやすい島のようだった。
これなら友達夫婦も楽しく生活出来ているだろうと、変に安心をした。

妻は早速、今年は行ってみようよ・・と乗気である。
港には漁船もいて、絵も描けるだろう。
釣りも出来るか
友達には、「行く時は連絡するから、布団を二人分、陽に干しておいてくれ」、とメールをした。

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2008年2月18日 (月)

スキー&温泉

スキーと温泉に行ってきた。

行き先は、年間を通してお世話になっている、新潟県十日町の「あてま高原リゾート、ベルナティオ」
今回は、娘一家、息子一家と我々の3家族の予定だったが、娘婿の仕事の都合で、急遽息子一家との2家族となった。
息子の嫁のAちゃんは身重なのでスキーを断念して妻と温泉入りびたりでのんびりしていた。

私は運動不足による怪我を心配してどうしようかと迷っていたが、その気満々の息子に引かれてスキーをすることに。  スキー場は、このリゾートホテルに隣接する「上越国際スキー場/当間ゲレンデ」。

Photo 降り続く春先の湿った雪は重く、ゲレンデはその新雪が積もっていた。
4年前に35年振りくらいでスキーを再開し、やっと昔のスキーが蘇えったと思っていた。 しかし、今年のこんな新雪の積もるゲレンデで、しかもこんな重い雪では、若い頃ならいざ知らず、スキー板のコントロールが儘ならない。

新雪の上でもスイスイと滑っている息子は、後方をヨタヨタ滑る親父が気になって仕方がない様子。 一人で自由に滑れと言っても私を視界から放さない。
こんなに儘ならないスキーでは怪我の心配もあったし、息子が自由に滑れるように、私は2~3時間で止めてしまった。
それにしても体力の無さをつくづく感じた。 若い頃はこんなことは無かったのにと・・。

Photo_2 夜はホテルで、雪の中の露天風呂や食事をじっくり時間をかけて楽しんだ。
翌日は再度の露天風呂や、ホテルに併設する設備で、手製の携帯ストラップを作ったりして、リゾートらしいのんびりした時間を過ごした。
2日間降り続いた雪で、駐車場に停めていた車は翌朝雪に埋まっていた。

Photo_3 豪雪地帯の十日町の家々は、皆雪の中に埋まっていて、屋根の雪下ろしをする光景も多く見られた。

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2008年2月16日 (土)

一夜漬け散歩

久しぶりに散歩をした。

明日から2日間スキーと温泉に行く。 今年になってから、運動と言う運動は何もしていないので、予定ではスキーの10日ほど前から散歩でもして筋肉の予備運動をしようと思っていたのに、寒さと出不精のために、ついに前日の今日一日だけになってしまった。

本当の一夜漬けの運動である。
果たしてこんな一夜漬け予備運動で、スキーは出来るのか心配ではある。
しかも、1時間ほどの早足散歩で予備運動になったのか・・・

それはともかく、久しぶりの散歩は気持ちよかった。
風は冷たいものの、雰囲気はもうすぐそこに春を感じられた。
運動を目的の早足散歩だったので、体はぽかぽかと暖かくなって、頬の寒さなど気にならない。

Photo Photo_2 途中のお寺には、紅梅、白梅の花が咲いていた。

Photo_3 Photo_4 道端の畑には、何菜か判らないけれど、菜の花も咲いていた。

寒椿もあちこちで咲いているのが見られたが、もう花も終わりのようだった。

久しぶりの散歩は本当に気持ちよかった。
暖かくなったようだし、今度は頻繁に散歩に出よう。
運動不足の身には、取り敢えず、明日のスキーはちょっと心配である。

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2008年2月 3日 (日)

節 分

今日は節分。 我が家でも豆まきをした。

Photo 昔からの風習や伝統行事は、なるべく欠かさないようにしている我が家である。
玄関入り口両側には、ヒイラギとイワシの魔除けを付けた。
ちなみに、昨年付けたものは干からびて残っていて一年家を守ってくれていた。

Photo_2 孫が作ってくれた鬼のお面を付けて、「鬼は外、福は内」と、家中に豆を撒いた。
さすがにこの歳になると、自分の歳の数だけの豆を食べることは出来ない。

Photo_3 そして、最近知った「恵方巻」を、今年の吉方位の南南東を向いて一本食べた。
この恵方巻の風習は、関西から発祥した行事のようで、関東育ちの私は最近になって知ったものだ。

今年も一年、鬼には遠慮してもらって、福が舞い込む家庭にしていきたいものだ。

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2008年1月30日 (水)

母(かあ)べえ を観た

映画、「母べえ」 を観た。

妻は前から「母べえ」を観たいと言っていたが、私はどうも気が進まなかった。
涙物にはやけに弱い自分を知っていたからだ。

Photo_2 前宣伝では、母べえはどうも涙腺を刺激する映画のようだったので気が進まず、「一人で観てきたら・・」と言ったら、「一人だったら行かない・・」と言う。
前から楽しみにしていたのに、可愛そうだと思って付き合うことにした。

映画は、ちょうど私が生まれた頃の、世界大戦前後の貧しい時代の庶民と、その時代の思想統一の厳しさを描いている。
自分が生まれ育ったと同じ時代背景であり、生活観も似通っていて、ストーリーの中に自分の姿を見る思いであった。

すごくいい映画だったけれど、観なければよかったかな・・・
それは、観終わって鏡を見たら、目が赤く充血していたから・・・

でも、やっぱり観てよかった。
観ていて辛くもあったが、時にはあの時代を振り返って、原点を思い起こすのも必要かなと思った。
今の若い人には、絶対に想像もつかないであろう、貧しい時代。
そして、貧しくとも心の温かだった時代である。

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2008年1月27日 (日)

餅つき大会&新年会

今日は自治会恒例の、「賀詞交換餅つき大会」が行われた。

Photo 近所の公園で行われるこの自治会行事は、すでに30年近く行われ、ほとんどの人が参加して盛大である。
臼2台で餅をついて、参加者に振舞われる。  餅以外には、お酒、甘酒、綿あめなどの他、豚汁も振舞われる。

Photo_2 例年、豚汁は、我々ゴルフ同好会が担当している。
大鍋に6鍋が炊きだされ、約300杯を振舞う。
この豚汁の味は、例年、美味しいと評判で人気である。
レシピは毎年受け継がれて、食材、調味料、煮方まできっちりと決められていて、毎年変わらぬ味を保っている。

餅つき大会は9時から準備がはじまり、午後一時頃まで続いた。

  -・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

餅つき大会の後は、これも恒例の、ゴルフ同好会(会員数は約50名)の「新年会」が近所のスナックを借り切って行われた。 今年は、2年毎に行われる「総会」も兼ねていた。

総会では、役員改選も行われ、私が会長を仰せつかることになった。
重鎮が大勢いる中、若輩の私であり固辞したが、押し付けられる形で決まってしまった。

このゴルフ同好会は、28年間、年2回のコンペを欠かさず続けてきた伝統ある会であり、住民間の親睦を図るという目的を背負っていて、責任の重さを痛感している。
思いついただけでも取り組まなければならない課題は多く、身が引き締まる思いである。  住地域のこんなに楽しい仲間のゴルフ同好会の灯を絶やすことなく、益々充実した会にしなければならないと思っている。

総会の後の新年会では、硬い話は抜きの、仲間同士の懇談やカラオケの楽しい会となった。

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2008年1月17日 (木)

阪神大震災の思い出

阪神大震災から、今日で13年になる。
1月17日になると、あの時のことをこの間のことのように思い出す。

あの日、会社に出勤してから、神戸に大地震があったことを知った。
TVで見る上空からの映像は、家屋は倒壊しあちこちで火事の煙がたっていて、大きな被害の状況を映し出していた。

間もなくして9時ごろ、私の部門で設計して納入した設備の復旧のために来て欲しいと現地から要請が入った。 
その設備は、神戸の芦屋にある某スーパーの配送センターに収めたもので、商品をコンピューターを使って配送先に自動仕分けする設備機械である。
そのセンターが大きな被害を受けて、納入した設備も停止しているということだった。
このセンターには支援物資が続々と到着してくるが、この設備が稼動できなければ、折角の支援物資品が被害者に配れない。

早速、機械、ソフトなどの担当者を伴って、私を含む4名で、神戸に向かった。
Photo 昼頃東京を出発し、新幹線、列車を乗り継ぎ、大阪からはレンタカーで神戸に入った。
大阪から神戸に向かう道路は混雑していて、途中には検問所もあって、普通の車は進めなかったが、事情を話して何とか通してもらった。。
Photo_2 道々暗闇に見える景色は、壊れた家や橋、中には車が倒壊した家の下敷きになっていたりした。 現地近くでは高速道路が倒壊していて通過するのにてこずった。
現地に到着したのは、真夜中だった。

センターの中は、地面に幅50cm、深さ2mほどの亀裂が縦横に走っていて、無残な様相だった。
我々は早速調査に入り、被害箇所を点検した。 幸いなことにこの亀裂は我々の設備にたいした影響はない位置であった。 復旧のための部品や作業員などを手配したが、これらが到着したのは翌日の夜になっていた。
センターは、我々に事務室一部屋を空けてくれ、床にダンボールを敷いて、その上に布団を敷いて寝るスペースを用意してくれた。
配送センターなので、寝具や水やレトルト食品は豊富にあって、好きなだけ使ってよいとのことだった。 時々、従業員のご家族が握り飯を差し入れてくださった。

作業員数名と復旧部品が到着してからは、寝ずの作業で何とか設備を復旧し、試運転で稼動を確認したのは到着してから2日半後の20日の朝だった。
客先の立会いで稼動状況をチェックし、設備は 早速実稼動に入った。
センターには急遽本社から復旧のためにお客様の役員が入っていて、我々の迅速な対応に驚きと感謝の言葉を頂いた。

Photo_3 私は一日正常な稼動状況の確認をして、翌21日に帰ることにしたが、電車は当然動かず、車も特別な車以外は通行できなかった。
そこで、荷物をザックに詰めて背負って徒歩で大阪まで歩いた。
来る時は夜の暗闇で見えなかったが、途中で見た沿道の景色は、悲惨だった。
Photo_4 特に高速道路の倒壊現場は、家が潰されたり、通行中であったろうトラックがひっくり返っていたり目を覆うものだった。
カメラでこの様子を撮りながら大阪に着いたが何時間かかったのか覚えていない。

その夜は、大阪支社の計らいで予約してくれていたホテルで、歯を磨き、シャワーを浴びて、その何と気持ち良かったことか・・は今でも覚えている。 

大震災の復旧に、陰ながらお役に立ててよかったと、今になって思う。

   <掲載の写真は、徒歩での帰路に私が撮ったものである>

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2008年1月11日 (金)

誕生日に思うこと

今日は私の64歳の誕生日である。

64歳ともなると特別祝う気持ちもないが、一つの一年の区切りということか・・・

20歳台の頃、私は38歳まで生きられるか、38歳を超えて生きられるかとびくびくしていた。
38歳は、私の父が亡くなった年齢である。
父は、私が3歳の時に当時不治の病と言われた結核を患って入院し、私が10歳の時に病院で死亡した。 38歳だった。

先日食事をしながら見ていたTVで、俳優の中井貴一が、父であり俳優だった佐田啓二のことを話していた。 彼は自分が一歳のときに交通事故で父を失ったそうだ。
彼が一歳の時のことなので父との想い出は全く覚えていないけれど、しかし、深く父の存在を意識して仕事をやってきたそうだ。
同じく俳優だった父に、今の自分を見ていて欲しい・・という気持ちがあって、映画祭の表彰式に出席する時には、父の遺品を身につけて出席すると話していた。
また、父の亡くなった年齢を自分に重ねて、自分がその歳を越えたときは感慨深かったそうだ。

これを見ていて、幼い頃に父を失った人は、皆同じようなことを考えて生きているんだ・・と思った。 私も、何かにつけ父を意識する。
私の場合は、父の入院で生活を別にしたのが3歳の時だったので、少しは父の思い出は残っている。 本当にあったことなのか、空想していたことを錯覚しているのか、あるいは母から聞いたことが自分の思い出として残っているのかは定かではない。
・・父が裏の竹やぶから竹を切ってきて、七輪に炭をおこして、釣竿にするために竹をまっすぐに矯正していたことや、時計を見て時間を言ったらたまたま合っていて、えらく父が喜んで母に話していたことなど・・父の思い出として残っている。

正直、私の今迄の人生で、父から物質的に与えられたものは一つもない。
しかし、父がいたから私の今がある・・という意識は強くあって、節目節目には仏壇に手を合わせて父に報告をしている。

それにつけても、3歳の時から女手一つで私を育ててくれた母には、感謝という簡単な言葉では言い表せない気持ちである。
今から楽をしてもらおうという今、苦労をしてきた母は老人性痴呆症となって一人息子の私さえ判別できず、施設で生活をしている。
無念で、無念で、無念でならない。

64歳になった今、私は幸せに過ごしている。
若い頃あった辛いことなど、思い出の隅に追いやられて、今、生涯で一番の幸せを感じている。  口うるさいが、何かと世話をやいてくれる妻がいてくれる。
二人の子供は夫々独立して、孫も出来た。  二人の子供が学生のころ、将来きっと親孝行するから、海外旅行に招待するから・・・などと言って、学費や、旅行費用や、留学費用をねだられた時の約束は、実質的には果たしてもらっていない。 しかし、こうして夫々が、家族を大切にして日々生活してくれていることが、何よりの親孝行だと思っている。

そして同じように、私が幸せを感じて生きていることが、私の父母に対しての親孝行かと思う。

誕生日を迎えて、そんなことを思った。

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Photo_8 夕方、息子のお嫁さん(Aちゃん)が勤めの帰りに立ち寄って、思いがけないプレゼントを持ってきてくれた。
バースデーカードと花束、それにお食事招待券である。
カードとお食事券は、心のこもった手書きのものだった。

Photo_10 Aちゃんは、まだ結婚してわずかなのによく私の誕生日を覚えてくれていた。
プレゼントも嬉しかったが、その気持ちが嬉しい。

妻は、赤飯と手製のケーキで祝ってくれた。

今日はとても嬉しい誕生日であった。

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2008年1月 1日 (火)

賀  春

Photo_2      快晴の中、初日の出とともに

    新年、2008年を迎えました。

     本年の、皆様とご家族様の

        ご健康とご多幸を

         心よりお祈り

         申し上げます。

       本年も、どうぞ宜しく

     お付き合い下さいますよう

       お願いいたします。

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2007年12月30日 (日)

正月の準備完了

いよいよ年の瀬もつまってきた。

今日は、朝から家中の掃除をした後、神棚の注連縄を交換したり、鏡餅を飾ったり、門松を飾ったりした。

Photo ← 鏡餅

Photo_2 ← 神棚

Photo_3 ← 門松

昨日は、会社時代の先輩夫婦が今年も御餅をついて持参してくれた。
この御餅は、「たがねもち」といって、普通のお米を混ぜてついたお餅で、私は大好きで毎年頂いている。

お餅も用意できたし、飾りつけも終わって、正月を迎える準備は完了した。

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これが今年最後のブログ投稿になると思います。

今年も大勢の方々に訪問して頂き、また、コメントも沢山寄せて頂きました。
お陰さまで、楽しいブログライフの一年を過ごすことが出来ました。
心から御礼申し上げます。
有難うございました。

・・・ それでは皆様、良いお年をお迎え下さい。

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2007年12月24日 (月)

Merry X'mas

今夜は クリスマス・イヴ ・・・  我が家では、家族一同が集まってイヴを祝った。

Xmas_2

今日集まったのは、孫2人と娘夫婦、息子夫婦、それに娘婿のお母さんも招待した。
私達夫婦と合わせて合計9人がテーブルを囲んだ。

テーブルには、鶏の丸焼きをメーンに、鶏料理が並んだ。

Xmas_4  昨年に味を占めて、妻と6歳の孫は、二人でセッセとX’masケーキを作った。
今年は出席人数が多いからと、何と2個ものケーキが出来ていた。
孫の作ったケーキは、買ったものに劣らない美味しいケーキだった。

Xmas_5 部屋にはX’mas ツリーも飾って、クリスマス気分で盛り上がった。

6歳の孫は、折り紙や落ち葉を工夫した手製の作品と、手紙を皆に配ってプレゼントした。
本人は、本や、おもちゃや、ゲームなど沢山のプレゼントをもらって上機嫌だった。

とても楽しい’クリスマス・イヴ’の夜だった。

      -・-・-・-・-・-・-・-

Photo <今夜集まったのは「9人」だが、本当は「9.5人」・・・3月に結婚した息子夫婦に子供ができたことが正式に確認されたと皆に伝えられた。 0.5人は、お腹の小さな赤ちゃん・・・>

孫の小学校合格と、息子のお嫁さんの懐妊を祝って、二人で「だるま」に目を入れた。

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2007年12月22日 (土)

今年も届いた洋蘭

我が家には、毎年クリスマスのこの時期になると、洋蘭が届く。

Photo_4 Photo_6 山梨で洋蘭づくりを、会社組織で経営する従弟が送ってくれるものだ。
(クリック→ 紹介HP

←今年は、薄ピンクのシンビジュームで、ネームカードには「愛子さま」と記されていた。

毎年違う種類の洋蘭を送ってくれ、こんな蘭もあったのか・・と思うような種類のものもある。
昨年は、白い大きな胡蝶蘭だったし、一昨年は藤の花やぶどうの実のように、上から何房も垂れ下がって咲く洋蘭だった。
オンシジュームの時もあったし、カトレアの時もあった。

彼は、甲府近郊の自宅の周りの何棟ものハウスで洋蘭を栽培している他、アンテナショップを経営して販売もしている。
八ケ岳山麓には更に広大な分園があって、何十棟ものハウスを展開して、洋蘭を作っている。

クリスマス~正月の出荷で一番忙しい時期なのに、毎年送ってもらい、本当に有り難い。
これで我が家のクリスマスと正月は、居間が華やかになる。

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2007年12月16日 (日)

白菜鍋で忘年会

また「芋掘り娘」たちがやって来た。

会社勤務時代にお世話になった女性達が、年2回ほど我が家を訪れて来て、菜園での芋掘りや、時期の野菜の収獲のほか、妻の手作り料理の食事などを楽しんでいる。
私達夫婦は、この娘達を「芋掘り娘」と称して、毎回歓迎している。

春は「ジャガイモ掘り」、秋は「さつま芋掘り」をするが、今年は我が家の都合で秋に来れなかったので、今回は芋掘り無しの「忘年会」となった。

彼女達は昼からやって来たので、先ずは「陶芸教室」となった。
家にストックしてあった陶芸粘土で、夫々お皿や器など2~3枚づつを、泥だらけになりながら成形した。  これを乾燥させて、素焼き、釉薬掛け、本焼きして完成させて本人達に渡す。

Photo陶芸が終わったら、夕方から「白菜鍋の忘年会」が始まった。
ビールやワインを飲みながら、畑で採れた白菜やネギなどの他、鶏だんご、しいたけ、舞茸、豆腐などをたっぷり入れた「白菜鍋」で舌鼓をうった。
会社時代の思い出話や、最近の会社の様子など。話題は尽きない。

お腹が一杯になったら、ひょんなことから、花札をやろうということになった。
花札など、子供の頃コタツを囲んでやって以来だった。
芋掘り娘達はほとんどが初めてだったが、ルールを覚えたら興が乗ってきて、時間を忘れてゲームを楽しんだ。

そして、来年の再会を約して、夜遅くに帰って行った。

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2007年12月 5日 (水)

孫の小学校受験

娘夫婦の長女は6歳になって、来年は小学校に入学する。
その孫が、都内の私立小学校を受験すると聞いた。
通勤していた頃、大きなランドセルを重そうに背負って、混雑する電車に乗って通学する小さな子供を見て、かわいそうだと思っていた私は、内心反対だった。
何処で学んでも、本人次第で勉強など出来ると思っていた。
しかし、娘夫婦にしてみたら、いじめなどで荒廃し、ゆとり教育で学力の低下している公立校が心配のようだった。

受験校の競争率を聞いて合格出来るはずはないと思っていたが、1次、2次、3次とパスして、合格してしまった。 合格が決まったら即、ん十万円の入学金を支払ったようだ。
内心では、反対していた私だが、次々にパスすると最後には合格を願うようになっていた。  

そして、私立が決まってホットしているのかと思ったら、今度は国立大の付属小を受験すると言う。
今度は、私も 「こちらも合格したらどうするのか。 やめておけ」 と口にして諌めたが、折角だからどうしても受験させると言う。
こちらも私立ほどではないにしても、6倍強の合格率だと言うので、合格など出来ないだろうと思っていたら、1次、2次、3次・・と通過して、こちらも合格してしまった。

さあ、どちらに決めるのかと思ったら、国立大付属小に決めたと言う。
本当は私立に行かせたいが、比較すると授業料や通学費が安いのと、通学も楽で安心だからだそうだ。
私立に支払ったン十万円はパーになった。

この受験には裏話があって、妻も一役かっていた。
娘と孫は、夏休み前から、受験塾に通い始めていたが、親子で通うため、1歳になる下の孫の面倒を見に、妻は週3日ほど娘の家に通っていた。
最初からだと半年ほど通ったことになる。

合格が決まって妻はホットしていたが、大変だったけれど、下の孫への情が深まって、なんだか顔を見ないと寂しいと言う。 
先日は、娘夫婦から妻への感謝の意味で、レストランに招待してもらった。

私がホットしたのは、孫自身は受験も遊びの一つと考えていたようで、周りの大人のヤキモキなど何処吹く風で、何のプレッシャーも苦労も、そして合格の感慨さえも感じていないことである。

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2007年12月 2日 (日)

松の剪定・植木の刈り込み

昨日/今日と、暖かい天気が続いた。
これをチャンスと、早めに庭の”松の剪定”と”植木の刈り込み”をした。

Photo 松の剪定は、小さな庭では植木屋さんもなかなか来てくれなくなった10年ほど前から、自分で本を見ながら勉強して始めたものだ。
最近は、大分慣れてきて、以前は2日ほど掛かっていたが、今回は一日で出来た。

梯子に登って作業していると毎年、通りかかった人が声を掛けてくれる。
「松の剪定を自分でやるとはすごいですね・・」の褒め言葉や「落ちないで下さいよ・・」の注意や、「おや、いつから植木屋さんに・・?」の冗談や「家のもお願いしますよ」まで、今年もいろいろなお声が掛かった。

昨日松に一日掛かり、今日は垣根の「レッドロビン」「コニファー」などや金木犀など、植木類の刈り込みに一日掛かった。
両日とも暑いくらいの暖かさで、汗をかくほどだった。

小さな庭の植木たちも、剪定や刈り込みをして、スッキリした。
私も師走の仕事の一つがかたずいて、スッキリした。

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松の剪定をしていて、いつも考えることがある。

松の剪定は、枝一本一本/葉の一枚一枚に手をかけるので面倒な作業である。
枝は、平行枝や交差枝を一本残して切り落とす。
葉は、陽に当り難い混んでいる葉群は陽に当るようにいい葉を残して選定鋏で切り落とす。

枝や葉を剪定する時、明らかに枝や葉に残したいとものと差があれば、躊躇なく剪定して切り落とせる。
しかし、いずれ劣らぬ場合は、涙を呑んでどちらかを剪定して切り落とさなければならない。
この松の木が元気に形良く育つためには仕方がない作業である。

会社にても同じことで、実力に大した差はなくても、組織のためには、剪定(選定)が必要なのである。 無情でも、会社の組織のためには、欠かすことの出来ない剪定(人事や査定など・・)である。
自分も、剪定されたり剪定したりて会社生活を送ってきた。
こうして、無常の風をくぐり抜けて今迄過ごしてきたのである。

毎年、松の剪定をする度に、そんなことを考える。

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2007年11月28日 (水)

X'mas イルミネーション点灯

我が家の X’mas イルミネーションが点灯した。

Photo 毎年この時期になると、2F居間の窓際に X’masツリーを飾って、イルミネーションを点灯する。
寒さが一段と増してきた昨今だが、この寒さにはX’masツリーとイルミネーションが良く似合う。

Photo_2 今日は、息子夫婦も来て夕食を共にしたが、さながら「X’masイルミネーション点灯式」のようだね・・といって笑った。
この窓辺は外からもよく見えるため、道往く人にも楽しんでもらおうと、夜空に輝く星をイメージした点滅モードに設定した。

Photo_3 また、妻の誕生日が29日ということを、新婚なのに長男のお嫁さんが覚えていて、少し早いけれどと言って、ショートケーキとお花をプレゼントとして持参してくれた。
これには妻も感激して、大喜びだった。
ケーキは夕食のデザートとなったが、妻は出来たばかりの自作の陶芸の器に、ケーキと紅茶を乗せてご機嫌で、陶芸の自慢話となった。

思わぬ、「X’masイルミネーション点灯式」 と 「妻の誕生パーティー」 となった。

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2007年11月25日 (日)

44年振り/同級会

故郷甲府で開かれた、中学3年のクラス会に出席した。

このクラス会は、故郷の同級生が尽力してくれて、4~5年毎に開かれていたが、私は一回目に出席して以来欠席を重ねていた。

Photo_4 良く数えてみたら、中学3年から49年が過ぎ、私が出席した第一回同級会から44年振りの旧友との再会であった。
先生も82歳でお元気で出席された。

ほとんどは、約50年前の、あの頃の面影は残っていて、話をするうちにたちまち時がタイムスリップしたように話がはずんだ。
しかし中には、どうしてもあの頃と今の顔とが合致しない同級生もいた。

Photo_5 あの頃憧れていて口も利けなかった彼女も、随分しわも増え、面影もない程太って品の良いおばあさんになっていたが、それはこちらも同じことで、今になって大笑いしながらあの頃の思いを打ち明けたら、もっと早くあの頃に言ってよ~・・と笑い飛ばされた。

Dsc03634 50年も経つと、人夫々、いろいろな人生を重ねてきて、苦労話や自慢話は尽きなかったが、それでも、皆一様に今までの人生に満足し、幸せな毎日を送っていた。

ただ、54名の同級生のうち、8名の物故者がいることに驚いた。
会の始めに、全員で黙祷を捧げた。

昼正午に始まった会は、2次会終了の夜11時まで続いた。
そして名残を惜しみながら再会を約して分かれた。

歳を重ねると、昔のことが懐かしく、無条件に昔の頃に引き戻してくれる同級会は、本当に良いものであった。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

年数回は、冠婚葬祭などで故郷の甲府に行くが、毎回”車”であった。
しかし今回は、これも何十年ぶりかで”電車”で甲府を訪れた。

車で行ったときは、市内を歩くことはなかったが、今回徒歩で市内を歩いてみて、あの頃からの変貌振りに本当に驚いた。
デパートや店舗は東京のそれと何の遜色もなく、街行く女性の服装は、渋谷かと思うほどだった。
町で聞く会話も甲州弁ではなく、東京言葉が耳に入ってきた。

車は便利な道具だが、電車や徒歩で散策する旅も良いものだとつくづく感じた旅であった。

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2007年11月14日 (水)

干し柿

先日、例年「春キャベツ」や「玉ねぎ」の苗を分けて頂いている、園芸生産農家に苗の予約に行った。

そこのオーナーと話し込んでいると、ハウスの向こうに柿の木が何本か並んでいるのが見えた。

↓ぶら下げて一週間後の干し柿
Photo 私は、干し柿が好きで、一昨年の今頃、安曇野にスケッチ旅行した時に、定宿にしている「ごほうでん」の女将から、渋柿をビニール袋いっぱいに頂いて、自作で干し柿を作った。 これが実に美味しかった。
干し柿は自分で作るのが一番だ ・・・と思った。

それに味を占めて、渋柿を作っている農家がないか毎年探していたが、今頃はほとんど「甘柿」しか植えていないようで、最近は諦めていた。
そのことをオーナーに話すと、「持ってっていいよ」・・と、ハウス脇の柿ノ木から柿を、高鋏でもいでくれた。
(本当は、この10倍、どうせ熟して落ちてしまうなら、その木に成っている柿全部が欲しかったが、そこまでは言い出す勇気はなかった(涙))

頂いた柿は早速皮をむいて、ベランダの軒先にぶら下げた。
吊るして一週間後の今日あたり、黒ずんできて、いい感じになっている。

年末には「干し柿」が完成することと思う。
今から楽しみだ。

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2007年11月 9日 (金)

紅葉狩りに

昨日は早起きして、友人夫婦と紅葉狩りに行ってきた

この友人夫婦は、会社時代からの私達夫婦の共通の友達で、40年来の気のおけない夫婦である。
ブログ友達で山好きのジュリアさんの登山レポートで、山の見事な紅葉を見せてもらい、刺激を受けて、紅葉狩り行きとなった。
登山は苦手なので、車で山を走る楽チン紅葉狩りを計画、途中で立ち寄り湯も入れた欲張り計画。

行く先は・・・
那須 → 日塩もみじライン → 龍王峡 → 川俣瑚 → 山王峠 → 日光/戦場ヶ原 → 湯の瑚 → 金精峠 → 日光白根山登山(但しケーブルカー) → 吹割の滝 → 沼田で立ち寄り湯
・・・という約450kmのドライブ。

ほとんどが山中の林の中を走ったが、見事な紅葉に感嘆の声を上げながらのドライブだった。
ケーブルカーで登った「日光白根山」は、日本百名山の一つで、荒々しいその山頂を目の当りにして、立ちすくむ思いだった。
また、最後に寄った、沼田の立ち寄り湯は、見事な景色を眺めながらの露天風呂で2時間も時間をかけてのんびり出来た。 この露天風呂だけでも行ってみる価値がある。

紅葉は言葉よりも掲載の写真で・・・
(写真をクリックすると拡大画面で見られます)

PhotoPhoto_3  ←日塩もみじライン
ドライブ中の景色

途中で見えた滝→
A

Photo_4 Photo_5 ←男体山
戦場ヶ原を散策中見た男体山
川俣瑚→
吊り橋と紅葉が綺麗だった
A

Photo_6 Photo_7 ←湯の湖畔
紅葉の中に見えた古い家屋
絵になりそうな風景

日光白根山→
ケーブルカーの終点近くで突然表れた猛々しい山頂

絵になりそうな景色も幾つかあって、2~3枚の絵がこの旅行から描けそうだ。

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2007年11月 6日 (火)

お呼ばれ/麻雀・食事

昨日の午後から、妻の友人ご夫婦のお宅にお呼ばれし、車で出掛けた。
・・・・目的は麻雀とお食事。

おみやげは畑で採りたての、ブロッコリー・大根・白菜・キャベツ・水菜・小松菜・ほうれん草・ネギ・さつま芋など、二籠にいっぱいの野菜。
この野菜に、料理が得意の奥様は大喜びだった。

麻雀は、最初の半荘は風邪気味の奥様の独走で一人勝ち・・
次の半荘は、私が巻き返して、最後の半荘は、ご主人の勝ち・・
妻は泣かず飛ばずで、参加しただけで終わった。

途中で夕食となったが、盛りだくさんの手料理だった。(楽しく話しながらの食事に、写真を撮り忘れてしまった)
いろいろな珍しい料理が美味しくて、ついついワインも進んだ。
帰りは妻が運転するという約束だったが、妻も勧められて飲み始め、アッという間にワイン2本が空になった。

話もはずんで、お酒も進み、結局泊まって行くことになって、また麻雀が始まった。
翌日の今日は、朝食もご馳走になっての、朝帰りとなった。

一泊二食、麻雀付きの、本当に楽しい一夜だった。

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2007年9月26日 (水)

安倍退陣、福田内閣発足

昨日、正式に安倍内閣が総辞職し、福田新内閣が発足した。

安倍前首相の突然の辞任発表には驚くと共に、国会で所信表明演説をした直後だっただけに、なんと無責任なことかと腹立ちと怒りを覚えた。
野党党首との会談を断られたことを理由に、責任を転嫁して国政を放り出すなど、とんでもない話であった。

しかし一昨日、安倍さんの病院での記者会見を聞いて、そのやつれた顔と覇気のない話し振りに、確かに病気であることを感じ、そのような体と気持ちでは重要な国政をまっとうできないと辞任した安倍さんは、むしろ責任ある決断で正しかったのでは、と思えた。

自民党の総裁選では、福田、麻生両氏の争いとなったが、私は福田新総裁が適当で、良かったと思う。
麻生さんは「キャラがたちすぎて・・」など、軽妙な口調の演説で若者受けを狙ったようだが、話の中身は少し軽くて、人は良さそうでも、首相にはどうかと疑問に感じた。
しかし、福田さん一人独走では、総裁選の盛り上がりに欠けるのを、負けを覚悟で盛り上げるための立候補は立派だった。

新総裁決定後および、昨日の新総理としての福田さんの記者会見を聞いて、質問に誠実に答える話し振りに好感が持て、この人なら安定して国政を任せられるとの感を深くした。
困難が待ち受ける国会運営をこなして、我々国民のためになる政治を進めて欲しいと切に願うものである。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-

福田新首相はサラリーマン時代、私のゴルフの先輩でブログの先輩でもあるご近所のKさんと同期入社の仲間だそうで、今でも親交があるとのことだ。
そんな関係もあって(私とは何の関係もないが・・)、何となく応援したくなる新首相である。

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2007年9月23日 (日)

お呼ばれ

毎年この時期になると妻は、長野の実家近くに嫁いだ姉の家に、1~2週間手伝いに出かける。  姉の嫁いだその家は、ぶどう(巨峰)を作っていて、この時期てんてこ舞いの大忙しとなり、見るに見かねて妻は家を空けて手伝いに押しかけるのである。

その間私は一人で、家を切り盛りする主夫となって、炊事・洗濯・掃除をこなす事になる。
2~3日までは、自由にのんびりできていいや・・と思っていても、それを過ぎいるとなんだか一人の生活は侘しくなる。

そんなことを思い始めた先日、丁度タイミングよく、近くに住む長男の嫁が「今夜、食事に来ませんか」と、声を掛けてくれた。

今年の3月、長男は北海道/南富良野の彼女と結婚し、我が家の近くに居を構えた。
そして、結婚一ヶ月も経たない内に、自分が資格を持っている看護師として、病院で働き始めた。
結婚後半年過ぎたが、遠く故郷を離れた寂しい気持ちを表に出さず、健気に頑張っている。

結婚前は、家庭料理などほとんど作ったことなどなかったであろうに、今では共働きしながら勉強して、時々夕食に我々を招待してくれ、手の込んだ料理を出してくれる。

妻も料理は得意な方だが、彼女は、味付けだけでなく盛り付けや配膳などに若いセンスが垣間見えて、妻の食事とは一味違った食事となる。

その日も、妻が出かけていて一人で食事をしている私を気遣って、食事に招待してくれたものだった。

食事も美味しかったが、その心遣いがありがたく、心に沁みた。

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2007年9月11日 (火)

大腸/内視鏡検査結果

先週、大腸/内視鏡検査で辛い思いをしたことを記事にしてアップしたら、「慰め」や「励まし」のコメントを戴いた。

今日は、その検査結果について、聞いてきた。 
ご心配戴いたので、検査結果を報告をします。

先生の話では・・・
小さなポリープ3個を切除した。 ポリープは「せんしゅ」だった。 「せんしゅ」ってどんな字ですか? と聞くとメモ用紙に 「腺腫」 と書いてくれた。 小さいので、特に心配するものではない・・との話で、安心して帰宅した。 
ただ、来年も安心のため、検査をした方がよいので、検査を受けてください・・との事だった。

「腺腫」について詳しく聞き漏らしたので、ネットで調べてみた。

   -・-・-・-・-・-・-
そもそも「大腸ポリープ」とは、大腸にできるイボ状のもので、最初は小さいが、次第に大きくなっていく

大腸ポリープには腫痬性(腺腫)のものと非腫痬性のものに分けられる。

私が今回切除したのは、この腫痬性の腺腫で、大きくなると「がん化」の傾向があるものだ。 1cm位になると30%が、2cmの大きさでは50%ががん化していく。
腺腫を放置しておくと、6~7年でがん化するそうだ。
   -・-・-・-・-・-・-

これで、来年も検査を受けるように・・と言った先生の意味が判った。

私のポリープは、先生が見せてくれた写真では、蚊に喰われた痕くらいの小さなもので、これは切り取っていただいたので、問題はなかったが、来年ももし出来ていたら、早めに除去した方が良い・・と言うことだったのだ。

大汗をかく辛い内視鏡検査だが、来年も絶対に受けようと、覚悟を決めた。

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2007年9月 4日 (火)

大腸/内視鏡検査

健康診断で、大腸の内視鏡検査必要、との結果であった。
そこで、一ヶ月前に予約して、昨日検査をして頂いた。

10年以上前から時々検診で引っかかって、内視鏡検査は今年で5度目だ。
そして・・・その都度、地獄の苦しみの約15分を味わう

10年ほど前の、一回目の検査では、あまりの苦しさに暴れてしまたようで、検査は途中までで、さじを投げられた。  一ヵ月後に再検査と言われたが、放っておいて行かなかった。
でも、それ以後2~3年後は、検診でも引っかからずホットしていた。

その後、隔年毎くらいに引っかかって、真面目に内視鏡検査は受けているが、毎回苦しさは変わらず、看護士さんに押さえられたり、励まされたりしながら何とか検査を受けている。
毎回、体中苦しみの汗でぐっしょりになる

人によっては、「なんでもない」という人もいる。
「多少は苦しいが、チョット我慢する程度の苦しさだ」という人もいる。

それでは、なぜ私はこんなに苦しむのだろうか。
検査していただく先生は今回が2回目で、主治医がご推薦の、市内でも腕利きと評判の先生で、先生が下手だということは絶対にない。
今日先生の話では、以前盲腸の手術の痕が癒着していて、内視鏡の通りにくい箇所があるとのことだ。 でも、私の苦しみは、その通過箇所だけでなく全般に苦しいのだ。

以前から、思ってはいたが・・
・・最大の原因は、「自分が弱虫なこと」 なのだろう。

肝心の検査結果だが、毎回小さなポリープが2~3個発見されて、切り取って検査をして戴いているが、「悪性のものではない」との結果なので、安心代としての苦しみだと思って、我慢して検査を受けている。
今回も、まだ結果はわからないが、先生は「悪性のものではないと思う」とのことだった。
正式結果は、一週間後となる。

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2007年8月19日 (日)

残暑の麻雀

40℃を超える記録的な暑さの連日から一転、昨日からは過ごし易い気候になった。

昨日は、蝉の鳴き声が「あぶら蝉」の”ジリジリ”から、「ツクツクボウシ」の”オーシン・ツクツク”に変わったし、昨夜は、秋の虫の鳴き声さえ聞こえた。
季節の急激な変化に驚く。

そんな昨日、会社時代の先輩ご夫婦が我が家を訪れた

海外勤務時代に、家族でお世話になったご夫婦で、当時真面目だった私(今でも真面目だが・・・)に、ゴルフや麻雀を教え込んだ悪い先輩でもある。
私が定年退職後は、月一度のペースで我が家に来てくれて、昔話や、畑へ行っての収穫や、妻の手料理や、そして麻雀を夜まで楽しむ、心許したご夫婦である。

今回は涼しくなったとは言え、まだ夏の暑さの残る畑へは行けなかった。
その代わり、お話しや麻雀を精一杯楽しんだ。

Photo 妻は、前日までのお盆の間の4日間、娘と一緒に我が家に来ていた1歳と5.5歳の孫の世話でヘトヘトとになり腰を痛めていたが、リラックスした会話や心待ちしていた麻雀に、腰の痛みも忘れがちになっていた。

麻雀は、名人の域に達している先輩ご夫婦に調子が出ず、妻が2度もトップになるなど、我が夫婦が久しぶりに快勝した。

   「ツクツクの 蝉の声きいて ロンと鳴く」  (スロー人)

妻は、最初の頃は腰を痛そうにしていたが、勝つ毎に腰の調子は良くなっていき、、終わり頃には、腰はシャンとしていた。

麻雀の勝利が腰に効くとは驚いた。

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2007年8月11日 (土)

暑い!!・・・・

暑い!・・・ 兎に角暑い!

今年の夏は特別に暑いように感じる。
立秋を過ぎたというのに、朝から兎に角暑い。

朝からこんなに暑いのを”モーニング娘”ならぬ ”モーニング・ 蒸すネ~ ” と言うそうだ。
朝トイレに入っても、小窓は開いていても、狭い空間は焼けるように暑い。
・・・これが本当の ”ヤケクソ ” だ~。 (品がない~!)

今年こんなに暑く感じるのは、私が歳とったからなのかナ~・・などと思ってみたりする。
そうだとすると、どんどん歳を重ねた15年、20年後は、どんなに暑さの感じになるのだろうか。 ~恐ろしい暑さになってしまう。

いや・・・今年は確実に気温自体が例年より暑くなっているものと思う。
地球温暖化は確実に進んでいるのではないだろうか。
米国も中国も、温暖化対策を真剣に考えて欲しい。

こんなに暑い日中は、部屋の中でクーラーのお世話になって、ジッとPCの相手をしたり、絵を描いたり、本を読んだりしている。
そして、涼しくなった夕方から、行動開始。 それでも多少は暑くて、畑仕事は短い時間だし、それほど捗らない。

ジッと我慢して、この暑さが通り過ぎるのを待つとしよう。 

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2007年8月 6日 (月)

北京オリンピック、大丈夫?

先日サッカーの「U-22」の試合をTVで観た。
観たといっても、20分くらい観て、スイッチを切った。

試合は、日本対中国戦。
試合開始直後から、一方的なサポータの声援とブーイングに驚いた。  日本選手のちょっとした動きにも、ものすごいブーイング起きる。

また、試合開始して間もなく、審判の判定に、エエッっと思うことが多かった。  日本選手へのホイッスルが圧倒的に多い。
さらに、明らかに中国選手の違反で倒れたのに、日本選手にイエローカードが出されたりする。

サポータの偏った声援と、審判の偏った判定ばかりが気になって、試合の内容を観る気力が失せてしまった。
日本選手が気の毒になったこともあって、TVのスイッチを切ってしまった。

後日新聞報道で判ったが、この試合結果は0-0の引き分けだった。  また、これは中国の瀋陽で行われた試合で、審判は全員中国人だったそうだ。
さらに、試合終了後、日本人サポータ100人ほどに、圧倒的に多い中国人サポータが紙コップを投げつけたり、集団で罵声を浴びせる騒ぎが起き、日本人サポータは場外に出られず、30分ほどスタンドに待機したそうだ。
以前、中国でのアジアカップの試合で、中国人サポータが暴徒化したことを思い出した。

スポーツの試合は、勿論勝つに越したことはないが、負けても一生懸命プレーした選手に、爽やかな声援を送りたくなるものだ。
スポーツ観戦にも、それなりのマナーや品格が必要である。 
審判員の品格など当然のことである。

この試合を観て、一年後の北京オリンピックは本当に大丈夫なのかと疑問を抱いた。
中国食品の安全の問題と併せて、一年後に改善されるとも思えないのである。

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2007年7月29日 (日)

山梨から”桃”が・・

昨日、山梨の甲府盆地で桃を育てているTさんが、今年も美味しい桃をたくさん送ってきてくれた。

Photo Tさんは、土作りなど、丹精込めて育てた美味しい桃を、毎年送ってくれる。
桃は大好物でよく食べるが、このTさんから戴く桃に勝る味の桃はない。

幼稚園の夏休みで、丁度我が家に泊まりに来ている5歳の孫は、この美味しい桃に目がない。  5歳でも美味しいものは良く知っている。

そして早速、娘一家や長男夫婦にもお裾分けを配った。

Photo_2 昨年送っていただいたときに、この美味しさを油絵にしてみようと思って、描いてみた。
以前もブログでその油絵を掲載したが、再度アップしてみた。

果たして、この美味しさを、油絵に閉じ込めて表現できたかどうか・・・。

 < 写真をクリックすると、拡大画面が表示されます >

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2007年7月27日 (金)

富良野のメロン

北海道の富良野から、メロンが届いた

梱包を解くと、甘~い香りが漂ってきた。  そして大きなメロンが3個も・・・

Photo 食べ方の案内書に従って、緑果肉のメルティーメロンは甘い香りが最高潮と思われる2日後に戴いた。
上品な甘さと、とろけるような舌触りで、極上の味であった。

赤果肉メロンは、案内書どおり2~3日寝かせてから、冷蔵庫で冷やして戴いた。
これもまた緑果肉のメルティーメロンとは違う甘さで口の中を魅了した。
Photo_3 娘のところにも届けて孫に食べさせたら、目を細めて「美味し~~い」と言ったそうだ。  5歳の子にも判るこの美味しさ・・・。

こんなに美味しいメロンは、昨年送っていただいた富良野メロン以来である。 こんな美味しさは一年に一度味わうだけでも贅沢だ。

富良野は盆地で、夏は日中暑く、夜間は涼しい乾燥した湿気のない内陸性の気候で、メロンの育成に適しているそうだ。

北海道は、食べ物がすばらしく美味しい。
特に海の幸が美味しいが、果物も美味しいことを改めて認識した。

冬のお魚、夏のメロン・・・と送ってもらえる親戚が北海道にあることは幸せである。
来年も宜しくお願いしま~す。 (図々しいお願い・・・・)

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2007年7月24日 (火)

ブログ開設一周年

ブログ「60の手習い」を開設して、今日で丁度一年目。

一年前は、「ブログ」と言う言葉は聞いたことがあったが、どんなものかも全く知らなかった。
定年退職後に始めた「家庭菜園」「油絵」「陶芸」などでHPが開けたら・・と漠然と考えていが、娘の友達のkちゃんが、ブログを薦めてくれた。
丁度その頃、敬愛するゴルフ仲間で近所の先輩Kさんがブログを開設したと聞いた。
Kさんは当時70歳を越えたくらいだったと思う。

このKさんに大いに刺激を受けて、早速ブログに関する本を購入して、勉強し始めた。
「ブログとは」とか「ブログのマナー」など始めて知ることばかりだった。
そして・・・本の説明に従ってPCを操作していたら、何となく開設できてしまった。  更に、説明どおり操作したら、第一回目の更新が出来てしまった。

そんな訳で、私のブログは、自己流の何となく「出来ちゃったブログ」である。
きっかけを与えてくれた、kちゃんとKさんには感謝している。

ー・-・-・-・-・-・-・-

ココログの「アクセス解析」によると、一周年の今日現在 ・・・・・

   記事の更新数  : 130      平均2.8日ピッチで更新
   累計総アクセス数: 21,020   一日平均: 57.6

となっている。  
こんなにも多くの人にアクセスしてもらい、読んで頂いている事に、
感謝するすると共に、更新の内容に責任を感じている。

ー・-・-・-・-・-・-・-

また、大勢の方にブログ友達になって戴き、多くのコメントを戴いている。
戴いたコメントを見るのも楽しみで、また、この方々のブログを拝見するのも、楽しみになっている。

改めて、アクセスしてくださる方々や、ブログ友達の方々に感謝すると共に、今後ともよろしくお願いいたします。

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2007年7月19日 (木)

ズッキーニの簡単料理

先日、妻の陶芸教室仲間のGさんから、夫婦で麻雀のお招きがあった。
Gさんご夫婦も、すでに子供たちは夫々独立し、二人でスローライフを楽しんでおられる。

お土産に我が菜園で採れた野菜を持参したが、料理上手の奥様は麻雀の合間に、これらの野菜を使ってあっという間に美味しい料理作ってご馳走してくれた。

中でも、ズッキーニを使った、ピザ風の料理は、とても美味しかった。 美味しかったので調理方法を聞いた。
素早く出来そうだし、美味しかったので調理方法紹介する。

  -・-・-・-・-・-・-

↓ ”ズッキーニ ピザ”  (勝手に命名)

Photo_213
★材料 
  ・ズッキーニ
  ・ナチュラルチーズ
  ・にんにく一片
  ・オリーブオイル
  ・塩 少々

★調理方法
 ・ズッキーニを横半分に切る
 ・フライパンにオリーブオイルを敷きスライスしたにんにくを
  炒める。 そこにズッキーニをいれ両面焼く
  (串がささって、焦げ目が出る程度まで)
 ・ズッキーニをお皿に移し、塩・こしょうを振る
  その上にナチュラルチーズを載せてにんにくを置き、
  オーブンで3~4分焼いて出来上がり

 (ナチュラルチーズは多めに載せると美味しい) 
 (ズッキーニ自身には味がないので、塩も多めが美味しい)

  -・-・-・-・-・-・-

”ズッキーニを使ったその他の調理”

・オリーブオイルと相性が良いようだ。
 揚げたり、炒めたりすると香りが出る。

・薄くスライスして油で揚げ、塩を振ってズッキーニチップス
 にしても美味しい。

・オリーブオイルでベーコンと炒めて、塩コショウで味付けし
 バターで香りを付けても美味しくいただける。

      -・-・-・-・-・-・-
  料理が美味しかったので、私はそちらが気になって、
  肝心の麻雀は最下位になってしまった。 ・・・・トホホ
     ちなみにトップは妻だった(エ~?嘘のような本当の話)

      
 -・-・-・-・-・-・-

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2007年7月 7日 (土)

結婚記念日プレゼント

今日は7月7日、七夕でもあり、「結婚記念日」でもある。

毎年、七夕のお陰で「結婚記念日」は思い出すが、最近は「何年目?」などと考えることも忘れていた。・・が、よく数えてみたら、今年で39年目だった。

ヘ~・・、39年、よくもここまで続いてきたものだ・・と、二人で感心している。
「私が苦労したからよ・・」、妻は口には出さないが、顔にはそう書いてある。
「ハイ、ハイ その通りです」と、心の中で言う私。

しかし、今まで結婚記念日に妻にプレゼントしたことなど、なかったような気がする。
どうしても思い出せない。
そこで、今年はプレゼントをすることにした。

Photo_204 私は2年前にパソコンを Windows XP のデスクトップに買い換えて使っている。 今は快適である。
・・・が、妻のは、私がそれ以前に使っていた、お古のノートパソコンだ。 5年前の windows Me 搭載のパソコンである。
時々見ていると、スピードが遅くて気の毒に思っていた。

そこで、パソコンをプレゼント することにした。

そして・・・・ネットで購入したパソコンが、一昨日届いた。
新しいパソコンに妻は嬉しそうで、俄然やる気を出して 「よーし、Excelもマスターするぞ~」 と張り切っている。

そうだ! Excelを、手取り足取り教える作業が、私には残っていた。
面倒だから、違うプレゼントの方が良かったかな?
いやいや、教えることもプレゼントの内だ。
よーし、私も頑張って教えるぞ~。

ー・-・-・-・-・-・-
・・・と、妻に話したら、妻は「結婚30年記念に、ダイヤの指輪をもらったよ~」とのこと。
そんなことも全く思い出せない、トホホな私である。

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2007年7月 1日 (日)

中国産輸入うなぎ

米国食品医薬品局(FDA)が、中国産のウナギなどの養殖魚介類の輸入規制に入るそうだ。
使用が禁止されている「発がん性抗菌剤」の検出が相次いだためだ。

米国食品医薬品局(FDA)のこの発表を受けて、厚生労働大臣は「日本では、きちんと検疫検査をしているから問題ない」との説明をしている。
エッ・・本当なの? と思わざるを得ない。

中国が、「米国向け輸出用」と「日本向け輸出用」に分けて、日本向けを特に厳しく生産しているとはとても考えられない。
米国で検出された禁止抗菌剤は、日本向けにも含まれていると考えるのが普通だ。
日本は規制が甘いのか、検疫検査がずさんなのか判らないが、とても危険なことだ。

特に、日本では暑いこの時期、土用の丑の日など、ウナギの消費が最盛期となる。
ウナギの日本国内供給量9.3万トンのうち、中国産は6.3万トンで、約65%だそうだ。
我々の口に入るウナギはほとんど中国産と思ってもいい量だ。
厚生労働大臣には、国民への健康意識を考慮して、速やかな対応を促したい。

中国産輸入品では、ペットフード、練り歯磨き、おもちゃなどからも有毒物質が次々と発覚している。
また、中国から輸入した野菜に、規定以上の農薬が検出されて国内でも問題になった。

中国の産品に対する不信感は増すばかりだ。

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2007年6月28日 (木)

久しぶりの新幹線

久しぶりに東海道新幹線に乗った。

現役時代に関係あった会社が、新規分野に参入したい、との社長意向があり、昔執った杵柄、私のアドバイスや意見を聞きたいとのことにて参上した。

往復路は新幹線を利用した。
現役時代はあんなに頻繁に利用していた新幹線も、リタイヤ後はいつ乗ったか思い出せないくらいしか乗っていない。
東京駅で新幹線に乗り込んだ時は、懐かしい気持ちになった。
車窓から景色を見るだけで、アァここはどの辺りと判るほど利用していたのに・・。

「のぞみ」の本数が4年前より大分増えているような気がした。
「のぞみ700系」の姿・・かっこいい。 (ほとんど、おのぼりさん状態)

最近は、車で出掛けることが多くなっているが、電車の旅も悪くないナ、と感じた一日だった。

仕事の方は、お役にたったかどうか判らないが、更にアドバイスが欲しいとのことで、次回来週も訪問することになった。

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2007年6月19日 (火)

同期入社仲間と一泊ゴルフ

同期で入社した仲間7人で、一泊二日ゴルフ旅行に行って来た。

行き先は、新潟県十日町の、当間(アテマ)高原リゾート「ベルナティオ」。

Photo_190 ←エントランス道路に咲く「大金鶏菊」と貯水池
私は、家族や友人たちと一緒に、年5~6回は訪れる癒しのリゾートである。
ゴルフの他、四季折々の自然に触れることが出来、ふきのとう、こしあぶら、たらの芽、ふきなどを採って歩いたり、ブナ林を散策したり、夏は蛍散策、冬はスキーや雪中散策・・・・等、一年中和ませてもらっているリゾートである。

Photo_191 ←コテージを望む景色(その向こうはゴルフコース)
今回は、同期仲間を同行して、ゴルフや散策を楽しんだ。
昼はゴルフ、夜はお酒を飲みながら遅くまで男同士のおしゃべりで、昨夜帰宅した時は、声が枯れてガラガラ声。 妻に男なのにマアよく喋ったこと・・と笑われた。
(男だって、懐かしければ声も枯れるほど喋りますよオ ・・・)

そんな妻も、先々週は女友達7~8人で訪れて、おしゃべりやアスパラ採りを楽しんできたのだ。

     ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-

Photo_192 ←今日の収穫巨大ズッキーニ
この旅行で2日間畑を留守にしていたので、今朝畑に行ったら、ズッキーニやきゅうりがヘチマのように巨大になっていた。
(妻に、留守中は畑に行って収穫してくれるよう頼んでおいたのに、「孫が遊びに来たり、長男のお嫁さんと買い物やおしゃべりしたりで忙しかったんだもの~」のお言葉)・・・ トホホ

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2007年6月13日 (水)

小さな喫茶店~♪

私の携帯の着メロは・・ ”小さなスナック♪”
                      (↑ クリック

人といるときに着信があってこのメロディーが流れると、・・・オオオ・・と懐かしさを覚える人が少なくない。
この曲は、1968(s43年)の曲で、パープルシャドウズが歌っていた。
当時は青春の真っ只中の頃で、何となく甘く、切ないこの曲が街に流れていたのを思い出し、胸がキュンとなる。 失恋したのもその頃だったろうか・・・。 

音楽は深く人の心に留まって、音楽を聴くとその当時を思い出させてくれる。

最近の音楽は、聴いても、私の年代の人間には、深く心と共鳴しない。
しかし、今の若者も歳を重ねれば、今の音楽を聴いて、今の時代を懐かしく思い出すのだろう。

   -・-・-・-・-・-・-・-

なんとなく、ネットでこの曲を聴いてみようとしたら、検索ワードを間違えて・・”小さな喫茶店♪”・・と打ってしまった。
           (↑ クリック)
そして怪我の功名か・・・懐かしいこのメロディーが流れてきた。

この曲は、1935(s10年)の曲だそうだ。 私はまだまだ生まれていなかったのに、小さい頃はまだ流行っていて、ラジオで流れていたのだろうか、心の中には残っていて、懐かしく感じる。

30年以上前に、ブラジルに行ったとき、サンパウロの日本人街で買った、”なつかしのメロディー”なるカセットテープにこの曲が入っていて、移民一世の人たちは、日本ではもう聴けないであろう懐かしい音楽を聴いて懐かしんでいるんだろうと思いながら、自分もまた懐かしく聴いていたのを思い出す。

そうだ! 今度カラオケの機会には、練習しておいてこの”小さな喫茶店”を歌ってみよう。
問題は、こんな古い曲がストックされているかどうかだが・・・。

< 下線部をクリックすると、懐かしい曲が流れます。 
”小さなスナック♪”はともかく、”小さな喫茶店♪”が歌える人は、かなり歳とっている人ですョ~。 >

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2007年5月19日 (土)

大相撲

大相撲夏場所は中盤にさしかかった。

今場所は白鵬の綱とりがかかった場所とはいえ、最近の大相撲には何か今ひとつ興が乗らない。

最近の大相撲はチョットおかしいと感じるのは私だけだろうか。
外国力士の強さばかりが目立つのは仕方がない。
スポーツもグローバル化の時代である。

問題は、その外国人力士の力士たる振る舞い・態度にある。
露鵬は行事に文句をつけたり、勝敗が決まった後に駄目押しして土俵下に突き飛ばした。 露鵬は以前にも土俵の下で、相手力士とにらみ合ったり、報道陣に暴力行為があって問題になった。

今場所前には、横綱/朝青龍が稽古場で稽古中、勝負がついたのにさらに負けた力士を投げ飛ばして怪我をさせた。 怪我をした力士(豊の島)は、休場かと思われたが意地もあったろうか、無理をして出場しているが、6日目現在全敗である。
横綱として下の力士に「稽古をつけてあげる」意識などなく、稽古で完膚なきまでにたたいておけば、本場所でビビッて有利になるとの考えのようだ。

だいたい朝青龍の土俵上での不必要なにらみや、ふてぶてしい振る舞いに、横綱としての品格など全く感じられないだけでなく、何か不快感さえ覚える。

白鵬には好感が持てるものの、朝青龍に倣って稽古で負けた相手にダメを押して、問題になったと聞く。

部屋の親方は、技や強さだけではなく、国技としての大相撲の精神を教えることをしていないのではないだろうか。 強い力士を育てて、部屋の繁栄ばかり考えているのではないか。

相撲は日本の国技である。
力士には、強さだけではなく、礼儀や態度に国技としての品格が備わっていなければならない。

ただ強いからというだけで、横綱や大関になるのではなく、品格まで考慮した昇進基準が必要なのではないだろうか。

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2007年5月14日 (月)

「林住期(りんじゅうき)」

五木寛之の「林住期(りんじゅうき)」を読んだ。

古代インドでは人生を、「学生期(がくしょうき)」、「家住期(かじゅうき)」、「林住期(りんじゅうき)」、「遊行期(ゆぎょうき)」の、四つに時期に分けて考えたそうだ。

すぐに人生100年の時代になるとすると、夫々、「~25歳」「~50歳」「~75歳」「~100歳」に分類できる。
私はまさに、その「林住期」の中にいる。

Photo_175 この本は「林住期」は人生の黄金期 であると説いている。
”心身を鍛え、学習した「学生期」”、”就職し、結婚し、家庭を築き、子供を育てた「家住期」”を経て、これらを助走として、ジャンプアップする時期が「林住期」であるという。

今までは、定年までが現役で、リタイヤ後はオマケの人生と考えられてきた。
しかし、そうではなく、人生のクライマックスはこの「林住期」にあるとの考えである。

人生の前半の時期は、世のため、人のため、家族のために一生懸命働いた。 「林住期」こそ自らの生き甲斐を求めて、真に人間らしく生きる季節 なのである。
しかし、仕事が好きで死ぬまで働きたいという人もいる。 それはそれで、それがその人の生き甲斐であり人間らしさ、なのである。

ただ「林住期」では、今までのように「必要」や「義務」で社会活動に従事するのではなく、自分の「興味」によって何事かをするのである。 それは、報酬やビジネスを離れた生き甲斐を求めた行動 である。

五木寛之も、あとがきで述べているが、これは願望であると同時に、人々の心のどこかにある、憧れでもある。 実際に「林住期」を支えるためには、家庭環境などを考慮してクリアしなければならない様々な問題もあることだと思う。
しかし、目標を持って、事前に「林住期」をよりよく生きるための、準備と助走を考えていなければならないのだ。

この本を読んで、その考え方に共鳴すると共に、今「林住期」の真っ只中にいる私自身に照らし、自分のやっていることを後押しされた感じで、とても心強く思った。

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2007年4月23日 (月)

ナニワイバラ

我が家のフェンスにナニワイバラ(難波薔薇)が咲いた。

Photo_153 Photo_151

4年ほど前、妻が陶芸教室の庭に咲いていた棘のきつい「バラ」の切花を戴いてきた。
それを挿し木していたものが、2年目から徐々に咲き始め、今年はフェンス一杯に咲いた。

「なにわ野いばら」と聞いていたが、正式には「ナニワイバラ(難波薔薇)」というそうだ。
寒さにも暑さにも強く、見る見るつるが延びていく。 放任しておくと子つるは四方に伸びるので、次々に剪定しなければ、大樹のように大きくなる。

花弁は真っ白な5枚で、まとまって一度に咲き誇る。
白の一重で花径は7~8cm、清楚なすがすがしい花だ。

このバラを見て、「挿し木をしたいので花が終わったら分けて欲しい」と言う人が、何人かいる。 見ていて気持ちのよい花である。

Photo_152 ナニワイバラとは違った趣だが、今日畑へ行ったら、サヤエンドウの花が綺麗なので、切り取ってきて、自分の机に飾ってみた。
野菜の花など、切花にするのは初めてだが、なかなかいい感じである。

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2007年4月 7日 (土)

春の気配/北海道

3/28~4/1の5日間の旅行中は、連日マイナス2℃~マイナス5℃の気温だったが、それでも一月に訪れたときと比べると、あちこちで「春の気配」を感じられた。

それは、帯広方面へドライブした際も、金山湖周辺を散策したときにも、春の足音が聞こえるようだった。

Photo_132
カラマツ林の向こうの空に、春の暖かさが見える。


Photo_133
歩道の端にかき寄せた雪は、解け始めている。
その解ける途中の雪が、自然の造形芸術となってズラリと並んでいた。

Photo_134 Photo_135

     ↑                      ↑
  雪解けの芸術品             雪解けの芸術品 
    ”鳥”                    ”セイウチ”

今回の北海道旅行は、主目的が息子の結婚式だったため、滞在日数の割にはあちこち訪ね歩くことはなかったが、主目的も無事終わり、春の気配を感じた北海道に大いに満足して帰路についた。

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
今回の北海道旅行では、ここまで連続して更新した記事の他にも、いろいろな更新のネタがあった。
ホテルの美味しい料理のこと、道路から見た野生の鹿の大群等々・・・
しかし、北海道旅行の記事にも飽きたし、季節の変わり目で投稿したいネタもいっぱい出てきたので、北海道旅行の記事はこれで、完了とする。

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2007年4月 5日 (木)

春の気配/北海道 帯広へ

北海道2日目は、息子のお嫁さんのご両親がドライブに誘ってくれた。

一日目の旭山動物園見学の後、娘・婿・孫たちはトマムまで行ってスキーを楽しむため、2日間は別行動とした。  我々夫婦は南富良野/金山湖畔の「ログホテル・ラーチ」に連泊することになった。
ご両親が、寂しいでしょうからと声を掛けてくれたものである。

南富良野から狩勝峠を越え、帯広辺りに行って、名物の蕎麦を食べ、私の趣味に合わせて美術館を案内してもらうことになった。 ちなみに片道約2時間のドライブである。

この日は天気がよく、まさに「春の気配/北海道」であった。
狩勝峠からは帯広一帯が見渡せた。
2~3年前の秋、然別湖に行く途中この峠を越えたが、そのときは一面の紅葉が素晴らしかったことを思い出した。

畑は雪に覆われていたが、ところどころ雪が融けて緑が顔を出していて、春近しを思わせた。 帯広近郊は、そば栽培でも有名だそうだ。

早速、「清水」で蕎麦をご馳走になった。
美味しくて夢中で食べたので、ブログ用の写真を撮るのを忘れてしまった。(失敗!!)

Photo_124 ←その後、「鹿追」にある「神田日勝記念美術館」に。
Photo_129 開拓農民の画家「神田日勝」の生活が垣間見えるモチーフの力強い油絵に感動した。
                     神田日勝 「馬」 ↑

Photo_131
美術館を見学した後は、六花亭本店へ
六花亭は北海道土産で有名なマルセイ・バターサンドを作っているお菓子屋さんである。

Photo_130 ただのお菓子屋さんのつもりで行ったら、美術館かモダンな音楽ホールのような近代的建物で驚いた。 屋内も実に綺麗で広かった。
←妻はお土産をどっさり買い込んだ。

ドライブ中の車内では、いろいろご両親と話がはずんで、とても楽しい一日だった。

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2007年4月 3日 (火)

春の気配/北海道 旭山動物園

春の気配の北海道旅行の第一日目(3/28)、旭川空港から旭山動物園に直行。

珍しい角度から動物の動きが見学できて大変おもしろかった。
娘家族も一緒だったので、5歳の孫娘は大喜びだった。

Photo_120 ←ほっきょくぐま館
水槽の中が見える展示。
ほっきょくぐまが岩場から餌をめがけて水槽に飛び込む姿が目の前で見える。
巨体が水に飛び込む、その迫力に圧倒された。

Photo_121 ←ペンギン館
ペンギン散歩は、3/18までで、残念ながら見られなかった。
水槽の中のトンネルからペンギンの泳ぐ姿が見られる。 地上では、ヨタヨタ歩くペンギンが、水中では鳥が空を飛んでいるが如くすごいスピードで泳ぎ回る様子を、下から見学できる。

Photo_122 ←オランウータン館
動物の習性にあわせた、ロッククライミングやハンモックなどの設備の中で、サーカスまがいの動きをするオランウータンが見学できる。

Photo_123 ←あざらし館
水中の底がトンネルになっていて、アザラシの泳ぎが見られる。 さらに円筒水槽があって、その中をアザラシが上下に泳いで目の前を通過する。 すごい迫力である。

旭山動物園は、私たちが訪れた前日の3月27日に、入場者が300万人に達したそうだ。 冬の間の一日の入場者は平均4,000人で、それでも夏の1/2~1/3というからすごい人気である。
この日も、人気館では人の波をかき分けての見学だった。

一時は廃園の危機の時期もあったと聞くが、動物の動きの特徴を見学し易い展示設備にした発想が、全国に知られる動物園になったものであろう。

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2007年4月 1日 (日)

春の気配/北海道 結婚式

1月に続いて、春の気配のする北海道を訪れた。

主目的は、息子の結婚式であった。
式場は、南富良野にある、「ログホテル・ラーチ」のレストランを借り切って行われた。

Photo_119 結婚式は夕方から始まり、夜にかけてディナーでのパーテイーであった。 「人前結婚式」という形の結婚式も、また、ディナーの披露宴も初めての経験であった。

「人前結婚式」とは、神前式でも教会式でも仏前式でもなく、出席者の前で結婚を誓い、参加者が承認して結婚が成立するものだそうだ。  さらに、この結婚式は「会費制」で行われた。

Photo_118 全てが初めてづくしの結婚式で戸惑ったが、友人・知人の大勢が参加してくれ、心から新郎・新婦を祝う、暖かい心のこもったいい結婚式だった。
(結婚式の企画は全て、地元の新婦のご両親にお任せしたが、本当に感謝している。)

結婚後新婦は、生まれ育った南富良野を離れて生活することになるため、新婦の友人・知人からは、心から名残惜しい言葉が続いた。

二人は息子の仕事の関係から、我が家から歩いて5分のところに居を構える。
我々は家族が一人増えて大喜びだが、娘を遠くに嫁がせる新婦のご両親の気持ちを思うと、複雑な気持ちになる。
そして、二人がいつまでも幸せであることを祈らずにはいられない。

今日新居に入った二人を、満開の桜が迎えてくれた。

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2007年3月22日 (木)

米朝合意

米は、あの国への金融制裁を解除するという。

なんという米国の方針転換かと耳を疑った。
米国は、米朝二国間では話し合いはしない、と言っていたのを翻して話し合いに応じただけでなく、日本の拉致問題解決まで厳しい制裁を、との意思をも無視しての合意である。

完全に米国の敗北としか見えない。
あの国の代表は勝ち誇ったように、「米朝は日本の主張など全く問題にしていない」とまで堂々とコメントしている。 日本は米国にまで見放されたのか。

ブッシュ政権のイラン介入の失策以来、米国の影響力が急速に弱まってきている背景もある。 
日本は、このまま、米国の抑止力を頼りにしていていいのだろうか。 今回のように米国は、何の相談もなしに自国の都合だけで方針を転換することもある。 米国の抑止力など、日米間で何の確実な担保があるわけではないのだ。

金融制裁解除の対価としての、核放棄についても、あの国のことだ、どんな新たな条件を突きつけてくるか判らない。 まともにすんなりと核を手放すなど絶対に考えられない。

何の思想信条も持たない一市民、一日本人として、あの国に対してはもとより、米国に対しても、誠に割り切れない気持ちである。

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2007年3月18日 (日)

卒業式の季節

あちらこちらで卒業式が行われる季節になった。

我々の卒業式は、「蛍の光」や「仰げば尊し」を歌って、今まで一緒に過ごした学校や友達や先生と別れる寂しさと、次のステップへの期待とが入り混じって、胸が詰まったあの頃を懐かしく思い出だす。

今でも「仰げば尊し」「蛍の光」を聞くと、特別な感慨に浸る。 ((下線部をクリック